第216話「その言葉だけで十分だと言いかけた俺だったが、今度も何とか自重した」
冬の聖竜領は割と暖かい。主に領主の屋敷に限っての話だが。
サンドラが寒さが苦手なのもあって、毎年俺が暖房の魔法を設置しているためだ。毎回しっかりと料金を貰っていて、俺にとって大事な収入源となっている。これからアイノのために使う資金として活躍することだろう。
いつもは屋敷内のよく使う部屋のみに限定している暖房だが、今年は屋敷全体を温めるように設置した。もちろん、アイノが快適に過ごすためだ。長く眠っていたこともあり、体に負担が掛からないように配慮したいという個人的な我が儘である。
とはいえ、数日見た様子では、アイノの体調に関しては問題無さそうに見えるのだが……。それはそれとして、屋敷の者が快適に過ごせるのは良いことだ、そういうことにしておこう。
そんな快適な建物の一室、二階に用意された俺の部屋にアイノ、サンドラ、リーラの三人がやってきていた。
外はすっかり夜。夕食後の、話し合いの時間である。
物が殆どない室内に置かれたテーブルを囲い、リーラ以外の三人が椅子に座る。室内は俺が用意した魔法で明るく、当然暖かい。
「サンドラ、リーラ、すまないな、わざわざ時間をとってもらって」
「構わないの。必要なことだから」
軽く笑みを浮かべながらリーラの淹れた紅茶を口に運ぶサンドラ。
俺の隣にいるアイノは少し緊張した面持ちで座っている。これから話すのが自分についてだと、わかっているんだろう。聡明だからな。
「アイノ。今から俺とサンドラが話すのはあくまでも現状の確認だ。お前の今後を決定するための話しじゃないんで安心してくれ」
「もちろん、わたしとしてもアイノさんにどうこう言えないものね。それと、迷惑でもないから安心して欲しいの」
「……はい。ありがとう、サンドラさん」
アイノが頷いたのを見て、俺は早速本題に入る。夜遅くなると良くないからな。
「日中見たとおり、アイノの身体は俺に近いものになっている。聖竜様の眷属ではないが、近しい感じだな。学べば魔法を使えるし、肉体や武器の強化も可能だ。ただ、俺のように地形操作はできないようだ」
まずははっきりわかっていることを口にすると、サンドラは頷いた。
「アルマスほどじゃないけれど、凄い力を持ってしまったのね。上手くすれば、アイノさんにとって良いことなのだけれど」
「良いこと? この力だけ狙われて兄さんに迷惑をかけるんじゃないかなと思っていたんだけど」
アイノの懸念はもっともだ。聖竜領に手出しするために、アイノに何らかの関与を考える者がこれから出てくる可能性は高い。非常に珍しい力を持っているとなれば尚更だ。そこで、俺のように戦う力がないならやりやすい。
ここ数日の勉強で、アイノも俺とイグリア帝国の関係を多少は理解している。このくらいの想像はしてしまうはずだ。
「自分の身を守る力を手に入れられる。その可能性があるのは良いことだな」
現状は戦闘も魔法もできないが、鍛えれば並の人間では歯が立たないくらい強くなれる。それが見えているのは悪いことではない。下手に手出しする気が起きないくらいの実力が身につけば、それはアイノを守る強い力となる。
「幸い、聖竜領にはマイアやリーラ、ロイ先生と魔法と戦闘に秀でた者が多い。教師役に不足はないな」
「アルマス様は指導なさらないのですか? 戦闘と魔法、どちらもできるかと思うのですが」
「……上手く教えられる自信がないんだ」
訓練となればそれなりに厳しくする必要もでてくる。それをやった時、俺の精神が耐えられるかどうか自信がない。
「そうは言ってもアイノさんが頼んできたら、喜んで教えるんでしょ?」
「まあな」
俺は即答した。
「話を戻しましょうか。アイノさん、聖竜領はイグリア帝国でも特殊な領地です。お兄さんのアルマスはその中でも特別。だから、春以降で人の行き来が増えると、アイノさんにも接触してくる人がいると思うの」
「私が兄さんの弱点だから?」
「弱点ではないよ。大事な家族はそんな扱いにならない」
「アルマスはこう言っているけれど狙い所になってしまうのは確かなの。アイノさん、将来はともかくとして、聖竜領にいる間に多少は力の使い方を身につけた方がいいと思うわ」
俺と違ってサンドラはあくまで現実的だった。まったく、まだ若いというのに……。
「私が……戦闘と魔法を……」
話を聞いていたアイノはじっと考え込んだ。
目覚めてすぐに悪いが、この話は早くした方が良いものだ。後になって魔法や戦闘について学んでおけばとなるより余程いい。
しばらく沈黙してから、アイノは俺とサンドラを見てから、しっかりとした口調で話しはじめる。
「……上手くできるかわからないけど、どちらの訓練も受けるわ。私、聖竜様のところに行くまで、兄さんの足手まといでしかないのが辛かったもの」
そんなの気にすることはない、という言葉が出かかったが俺はどうにか自重した。アイノの自分自身の考えを尊重しなければならない。
「わかったわ。今は冬だから皆教える時間もあると思うし、焦らずゆっくりと学びましょう。アルマス、それでいい?」
じっと黙っている俺の代わりに、サンドラが話を進めてくれた。
「もちろんだ。俺が反対する理由はない。なにか問題があったらすぐに言うんだぞ、アイノ」
「うん、よろしくね。今度は兄さんを手助けできるようになるくらいなれるよう、頑張るから」
その言葉だけで十分だと言いかけた俺だったが、今度も何とか自重した。
目覚めたアイノの日常はこうして少しずつ形になり始めていく。俺は静かにその喜びを噛みしめた。
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