第215話「少し聖竜様に漏れていたようだ。」

「では、アイノ殿! どこからでも打ち込んできてください!」


「は、はい!」


 屋敷の庭で木剣を構えたアイノとマイアを見ながら、俺は複雑な気持ちでいた。

 ロイ先生とアイノの魔法への適性を見た後、俺達は屋敷へ帰った。そこでいつものようにイグリア帝国の歴史や周辺事情について勉強をした後、昼食。

 その時に、マイアが食堂にやってきたのを見て、思いつくことがあった。


 アイノも俺と同じように魔力で肉体を強化できるようになっているかもしれない。


 その確認をする相手として、マイアは適任だ。剣の達人だから手加減が効く。

 その後、サンドラに相談して流れるように準備を整えて庭にやってきたというわけである。

 

「思うのだけれど、アルマスがアイノさんの相手をすればいいんじゃないの?」


 俺の横で見学しているサンドラが当然の疑問を口にした。


「……無理だな。実戦でないとはいえ、アイノに武器を向けることは出来ない」


 きっと罪悪感で暗い気持ちになってしまう。それに、アイノが俺を攻撃してくるというシチュエーションもダメだ。夢に見たりして落ち込むかもしれない。


『なんか、アイノが復活してからお前さんの気持悪い思考が流れ込んでくるんじゃが』


『頑張って遮断するか、耐えてください』


 いきなり聖竜様が何か言ってきたがそれどころではない。マイアは達人で、素人相手の立ち回りも完璧だ。だが、アイノがうっかり転んだりして傷つくかもしれない。いつでも回復する準備をしておかなければ。


 俺は聖竜の杖を出して状況を見守ることにした。


「治療が必要なことになるとは思えないけれど……」


 すぐに察したサンドラが呆れたような口調で言った。


「いえ、私にはよくわかります。もしこれがお嬢様だったらと思うと、気が気でないでしょう」


 聞いていないのにリーラが同調してくれた。なんか、最近親しみを感じるような言動が多いな。まさか本質的に俺とリーラは似ているところがあるのか? ……それはないと思いたい。


「い、いきます!」


「いつでもどうぞ!」


 そんな俺の思考とは別に、事態は推移していた。


「えい! えい!」


 可愛らしい気合いの声と共に、アイノが木剣を振り回す。

 マイアはそれを優しく受け止める。転んだりしないように、距離や体勢にまで気を使った立ち回りだ。


「……大丈夫なんじゃない?」


 サンドラの言葉通り、アイノの動きは戦い慣れない人そのものだ。

 木剣を振る動きには、力も鋭さも殺気もない。これなら子どもが棒きれを振り回す方がまだ恐いくらいである。


 とりあえず、ここまでは想定通りだ。


「アイノ、さっき魔法陣に触れた時の感覚を思い出すんだ。それで腕から剣まで力を流すのを想像して剣を振ってみてくれ」


「え、えっと……こうかな?」


 少し距離を取り、アイノがゆっくりと深呼吸をする。

 すると、一瞬だけ全身が淡く光った後、それが両腕と剣の周囲にまとわりついた。


「な、なんか光ってますよ! アルマス様!」


「いきます! ええーい!」


 あまり迫力の無い気合いの声と共に、大上段からアイノが木剣を振るう。

 薄い光の軌跡を残して振るわれた木剣は、マイアを真っ直ぐに狙う。


「こ、これは回避です!」


 危険を感じたマイアは素速く回避。ただ、その際に自分の木剣をアイノの攻撃に合わせるように横向きにして置いていった。


「やはりな……」


 マイアの木剣は、アイノの一撃を受けて綺麗に断ち切られた。切り口は鋭利で、音もない。

 さすがは元帝国五剣の直弟子だ。俺の意図を汲んで、ちゃんと攻撃の威力を教えてくれた。


「とてつもない威力ですね。あのままマイア様が受けていたら大怪我していたかと」


「アイノさん、アルマスと完全に同じことができるのかしら?」


 リーラの説明を聞いて、サンドラが難しい顔をした。

 それを見て、俺も考え込む。アイノは聖竜様の眷属ではないが、それに近い状態だ。日常生活を送る上では問題は無いだろうが、存在そのものが希少すぎるというのは考え物だ。そもそも俺の妹というだけでもかなり希少だというのに……。


『のうアルマス。また気持ち悪い思考が流れ込んで来たんじゃが』


『すいません。ちょっと考え事をしていまして』


 少し聖竜様に漏れていたようだ。眷属というのもなかなか大変だ。


「えっと、兄さん、これ……」


 見れば、アイノが困った様子で俺の方を見ていた。考えごとで目の前の状況をおろそかにしてはいけないな。


「気にするなアイノ。ただの魔力による肉体強化だ」


「やはりそうなのですね! 目の前にした感覚がアルマス様に似ていました!」


「ありがとう、マイア。おかげでアイノの状態が少しわかったよ」


「いえ! お気になさらず! 力になれそうならいつでも言ってください!」


 そう言って寸断された木剣を拾ったマイアはサンドラ達の横につく。今日は護衛の日だったのである。


「アイノ、サンドラ。夕食の後、少し時間をもらえないか?」


 戸惑うアイノと考え込むサンドラ。双方に対して、俺はそう頼んだ。

 これは俺達兄妹だけでなく、聖竜領全体の問題になりかねない。アイノの今後の方針について、しっかりと相談する必要があるだろう。

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