第214話「できるだけ貯金しよう。俺は密かにそう決意を固めた」
アイノが戻ってきたからといって、普段の仕事をおろそかにしていいわけではない。
冬の間の俺の仕事は畑の様子見とゴーレムの製造だ。聖竜領内の土木工事は昨年ほどでないとはいえ、今年も雪が降るまでそれなりにある。
そのため、俺は朝食をとった後、森の自宅周辺を確認したり、ロイ先生と共に魔法陣に魔力を注ぐのが日課になる。
せっかくだからということで、今日はアイノにも着いてきてもらった。身体を慣らすためにも、外に出た方がいいだろうという判断もある。実はそんな心配もないくらい健康なんだが。
「これが我が家だ。前は小さな小屋だったんだが、サンドラ達が来てから作ってくれた。今度、アイノの部屋なんかも増築しようと思う」
「森に家があるとは聞いてたけれど、想像より全然立派だわ。やっぱり兄さんは凄いのね」
丸太で組まれた俺の家を一通り見て、アイノはそんなことを言っていた。
「凄いのは俺じゃなくて聖竜領の大工だな。スティーナという女性が長になって、色々とやってくれている。俺は少し手伝いをしただけだよ」
「サンドラさんから聞いてるわ。兄さんが木材の用意を手伝ったりしてくれてるって。私の部屋まで作ってくれるなら、あの家よりも大きくなりそうね」
「……たしかにそうだな」
あの家、というのは俺とアイノが生まれ育った場所のことだ。極端に貧しかったわけではないが、裕福でも無く、建物は小さかった。『嵐の時代』という戦乱続きで世の中の経済が良くなかったことも理由ではあるだろう。
「炊事場や倉庫なんか一通りのものがあるし、殆ど使ってない。アイノが好きに使ってくれていい。欲しいものがあれば遠慮無く言ってくれ」
昔のことはあまり思い出したくないので、俺は話題を変えた。
「どうかな。冬の間にゆっくり考えさせて」
「考える時間はこれからいくらでもある。いつでも言ってくれ」
アイノの要望に応えるため、できるだけ貯金しよう。俺は密かにそう決意を固めた。
ハーブと薬草を育てている畑の方は問題なかったので、俺達は森の外に出て草原の一画に向かう。
到着したのは、かつての騒動で使ったゴーレムの名残である岩が立ち並ぶ、ロイ先生の実験場だ。
眼鏡と穏やかさが評判の魔法士は、今日も楽しそうに魔法陣を岩に書き込んでいた。
「ここがロイ先生の仕事場の一つだ。優秀な魔法士だから、隣町に行ったり、領内の各所で仕事をしている。俺なんかより余程魔法の使い方が上手い」
「兄さんだって十分凄い魔法士じゃない。今は戦い以外で役立ってるんだから、卑下しちゃダメよ」
「……そうだな。気を付けよう」
アイノは俺が戦争のために魔法を使うのを嫌っていたことを良く知っている。つい、昔の感覚で話したことを咎められてしまった。
「おはようございます。アルマス様、アイノさん」
「おはよう。ロイ先生。仕事中すまないが、少し手を貸して欲しい」
今日ここにアイノを連れてきたのにはちゃんと理由がある。
「はい。準備はできています」
そういうと、ロイ先生はポケットから折りたたまれた紙を取り出した。
広げると、そこには簡素な魔法陣が描かれている。
魔法士とは体内の魔力を操る才能を持った人間がなるものだ。力の大小はあるが、幼少期に何となく、魔力の流れを知覚することでその有無がわかる。
聖竜様によって長期間魔力を流し込まれたアイノは、元々なかったはずのその才が発現している可能性がある。それを確認しようというわけである。
ロイ先生は魔法陣を近くにあった小さめの岩の上に置く。
「この魔法陣に魔力を流し込むと、直立するだけの簡易ゴーレムができあがります。アイノさんにはその作業をやって頂きたいのですが」
「できるか、アイノ?」
「わからない。でもやってみる」
そう言って、アイノは岩に近寄ると、魔法陣に手を当てた。
「はい。そのまま、自分の中にある力をその魔法陣に流れる様子をイメージしてください」
ロイ先生の指導を俺は静かに見守る。眷属としての俺の目には、魔法陣を前にした段階でアイノの体内で魔力が活性化したのが見えた。
ほぼ間違いなく、これは成功する。
「えっと、こうかしら?」
アイノがそう言った直後、魔法陣が光り輝いた。
「うわっ」
慌ててアイノが後ろに下がるが、十分に魔力が注がれた魔法陣はそのまま発動する。
横たわっていた背丈くらいある岩が、くぐもった音と共に形を変えていく。
胸に当たる部分に魔法陣を残しつつ、頭、胴体、手足と岩が組み上がっていく様はいつ見ても壮観だ。
一分かからずに、アイノが生み出したゴーレムは完成した。
「成功ですね。アイノさん、魔法士です。アルマス様と同じような魔力なんでしょうか?」
「恐らくな。聖竜様の影響を受けているから、俺と同じように魔力が持続するはずだ」
このゴーレムが一日で元の岩に戻るか、何日か持続するか。後者である可能性が高い。
そうするとアイノは眷属でも人間でもない、非常に特殊な存在になっていることが証明される。
「私、魔法使えるんだ……。兄さん、どうしたの?」
自分のしたことに戸惑っていたアイノが、俺の方を見て怪訝な顔をしていた。
つい深刻な顔をしてしまった。意識して表情を戻して、俺は言う。
「なんでもないよ。ただ、色々と考えることが多そうだと思ったんだ」
聖竜様によって生まれ変わったアイノの身体。これは祝福なのか、重荷なのか。
できる限り良い方向に導かなければならない。
ちょっとした悩みと共に、妹の将来を考えられる状況になったことに気づいた俺は、密かにそれを喜んだ。
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