第213話「よし、言いたいことは十分に伝わったようだ。」
農作業も土木作業も殆ど無くなってしまう冬は静かだ。
その冬の時間、今年の俺はアイノと共に屋敷で過ごすことを選択した。
聖竜様との治療が終わり、目覚めたアイノを連れて、俺は真っ直ぐ屋敷へと向かった。
四〇〇年以上眠っていたにも関わらず、アイノは元気で、確かな歩みで聖竜の森を抜けることができた。
というか、かなりの距離を歩たのにアイノは全く疲れていなかった。
かつて、聖竜様の元に辿り着いたときは俺が背負わなければならなかったし、肉体的にもかなり弱っていた。体も細く弱くなっていたのが嘘のようだ。
色々と確認が必要そうだな。
そんな考えを抱きながら、俺は妹と森を歩いた。
エルフの村で挨拶を交わし、屋敷に到着するとサンドラ達が出迎えてくれた。
軽く自己紹介を済ませた後、久しぶりに家族と共に過ごす時間が始まったのだった。
○○○
「アイノさん、元気になって最初にすることが勉強ばかりだけど嫌じゃないの?」
「平気よ。兄さんの言うとおり、必要なことだと思うから」
俺が固定した暖房の魔法が良く効いた部屋の中、そんな会話が聞こえる。
ここは領主の屋敷の食堂、兄妹でゆっくり昼食をとっていたらサンドラがやってきたところだ。
アイノが目覚めてから三日ほどたっている。今のところ日々は穏やかそのもの。
まずは情報ということで、俺は屋敷の人間と共に、アイノに現代のことを教えている。まずは時代の変化に慣れてもらわなければならない。
「それならいいけれど。必要なものがあったら用意するから言って頂戴ね」
お茶を飲みながら言うサンドラは、優しい気遣いを含んだ口調で言う。
彼女はアイノに対して極力打ち解けようとしてくれている。年齢が近いということで、くだけた口調で話すよう、最初に提案してくれたことからも、それは伝わってきた。
「必要なもの……こんな立派な屋敷で暮らしているだけで十分すぎて」
アイノの方も戸惑いつつ何とか彼女に合わせようとしているが、まだお互いに態度が堅い。兄としては仲良くして欲しいが、これは時間をかけて解決してもらうしかないだろう。
「まだ目覚めたばかりだものね。それじゃあ……」
そういってサンドラの言葉が止まった。続く話題が思いつかなかったのだろう。出会って三日、仕方の無いことだ。そもそも、サンドラは友人付き合いが得意な方ではないしな。
「お嬢様、こういう時は共通の話題が良いかと」
「共通……なるほど」
横から追加の紅茶を持って来たリーラのアドバイスを受けたサンドラが、一瞬こちらを見た。嫌な予感がする。
「アイノさん、気にしないでいいの。そもそもこの屋敷は聖竜様が用意してくれたものだし、わたし達がこうして暮らしているのもアルマスのおかげなんだから」
俺の目の前で俺の話が始まる気配がする。
「夢の中で聖竜様に聞かされていたけれど、実際見て驚きました。兄さんがこうして普通の生活をしているなんて。私が生きていることより凄いかも」
「アイノさん、敬語はいいって言ってるの」
「あ、ごめんなさい。サンドラさん、立派だから」
アイノが微笑と共に言うと、サンドラもつられて微笑んだ。
「じきにここでの生活も慣れるだろう。サンドラだって、色々と経験を積んで領主らしくなったんだからな」
ここまで色々あった。最初から優秀だったとはいえサンドラだって、順調だったわけじゃない。端から見ると入念な準備をしたように見えるが、ちょっとした賭けを何度もしていた。
「なんだか余裕があるのね、アルマス。最初にパンを食べて泣いてたの、覚えているわ」
「……そんなこともあったな。だが、あれは仕方ないことだ」
今となっては懐かしい話だ。俺は戦闘以外の技能は殆どないし、久しぶりのまともな食事だったんだからああもなる。
「そんなことがあったの? ……そっか兄さん、料理とかできないから」
「でも、おかげでわたし達と良い協力関係が築けた。アルマスが何でもできる完璧な人間だったら、こうも馴染んでないと思うの」
「サンドラ達のおかげだ。友好的だったからな」
「それはわたし達も同じ気持ちよ」
昔より少し伸びた癖毛に触れて言うサンドラ。それをアイノはじっと眺めていた。兄である俺にはわかる。あれは、自分の知らない俺の話をされてちょっと羨ましいとかそんなことを考えてる顔だ。多分。そうに違いない。
「アルマス様、今ちょっと親近感が沸く顔をしておりました」
「そうか。気を付ける」
「どういう意味ですか」
心外だとばかりの顔でリーラに言われた。危ない。妹がいる時こそ平常心だ。
「この場所で兄さんがサンドラさん達とどんなことをして来たか、もっと聞きたいです」
瞳に好奇心を輝かせながらアイノが言うと、サンドラも似たような目をした。
「だったら、わたしも昔のアルマスの話を聞きたいわ。あんまり過去のことは教えてくれないから」
それは俺が語ると戦争の話ばかりになってしまうからだが、ここは静かにしておいた。
「良いのですか? 妹さんの口からあることないことお嬢様に情報が伝わってしまいますが」
「問題ないさ。アイノが俺の悪口を話すことはありえないからな」
「…………」
確信を込めて応えたら、リーラが絶句した。ここはもう少し彼女にわかり安いように言い換えよう。
「もしこれが自分だったらどう思う? サンドラがリーラのことについて語るんだ」
「お嬢様の口から語られるなら、何であろうと本望です」
よし、言いたいことは十分に伝わったようだ。
「アイノさん、良ければこの話は夜に二人だけにしましょう」
「そうね。本人が目の前だと良く無さそうだし」
微妙に呆れ顔をしつつ、アイノとサンドラが個人的な約束を交わす姿を見て、俺は心中で満足感を得るのだった。
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