第210話「待ちに待った時が近い。」
今年も収穫祭の日がやってきた。拡張した畑での収穫は森のエルフ達にも手伝って貰って無事に終了。
朝の冷え込みがいよいよ冬の近づきを感じさせはじめた頃、平行して行っていた準備が整った。
「いやあ、実に楽しみだ。楽しみだよ」
例年にない賓客が二名。クロードとヴァレリーは当然のように聖竜領の広場にいた。
第二副帝の方など、朝から何度も「楽しみだ」を連呼している。皆で集まってお供え物をして、宴会をするだけだというのに。
「結構地味な催しなのだが、大丈夫だろうか」
「問題ないかと。聖竜像を見るのが楽しみなようですから」
懸念を口にすると、ヴァレリーが教えてくれた。
お供えをすると光る聖竜像はクロードのお気に入りだ、たしかにそれをたっぷり見ることができるのが収穫祭ではある。……普段から聖竜様の像にはいくらでも近寄れるし光るんだが。
「為政者として、領地が豊かになっている確認でもありますし。こうして収穫祭が開催されるのは、喜ばしいことなのです。クロードは人々が喜ぶ姿を見るのも好きなので」
「なるほど。さすがは第二副帝だ」
好奇心だけで色々手を回して聖竜領に長期滞在している節があるが、帝国で権力の頂点近くにいる人物らしいところもしっかりとあるわけだ。
「聖竜領は来る度に景色が変わっていてとても面白いんだよ。今回、服まであつらえたことだし、毎年参加しようかな」
俺達の話が聞こえていたらしく、クロードが笑顔で言ってきた。
収穫祭に合わせ、クロードとヴァレリーも聖竜領の人々のようなローブを羽織っている。入っている紋章が彼らの家を現しているのが、一番の違いだ。
「……毎年、毎年ですか……」
俺の横で静かにしていたサンドラが小声で呟いた。なんでもクロードが来たことで、かなり仕事に影響があったらしい。他の貴族からの来訪の打診など、色々と雑務が増えたとか。
「南部の開発が進めば複数の貴族が来るのが定番になるかもしれないな」
「……覚悟を決めて対応するしかないわね」
何かを諦めたように言いつつ、癖毛に触れるサンドラ。
聖竜領に来た頃は肩の上くらいまでだった彼女の髪も少し伸びて背中にかかりはじめている。相変わらず小柄だが、もう十六歳だ。顔つきからも幼さが抜けつつある。
「どうかしたの?」
「いや、サンドラも成長したものだと思ったんだ」
「……髪以外伸びていないのだけれどね」
体格についてはそれなりに気にしているようだった。
「お嬢様、全員揃いました。料理などの準備も問題ありません」
広場の中を見回っていたリーラがやって来て言うと、サンドラの表情が領主のものに変わる。
「では、はじめましょう。アルマス、お願い」
「承知した」
俺は前に進み出て、聖竜像の隣に立つ。
それを見て、広場に集まった人々が静かに押し黙る。最前列にはサンドラにクロードにヴァレリー、それにマノンやルゼにロイ先生など聖竜領の中心人物。その後ろでアリアと農家の代表者とトゥルーズがそれぞれ作物や料理を持って立っている。
サンドラが前に出て、俺を真っ直ぐに見る。ちなみにこの役目、クロードがやるべきか話し合いが持たれたが、「これは領主の役目だから」との第二副帝からの発言で例年通りサンドラがやることになった
「今年もこのように豊かな収穫に恵まれました。私達の生活に恵みを与えてくれる、偉大なる聖竜様とその眷属に感謝を」
言葉の後、アリア達がそれぞれのお供え物を聖竜像の前に置く。
すぐさま聖竜様が反応し、いつもより大きな輝きと共にお供えが消えた。
『おふぅ。今年は珍しい野菜や料理が多くて嬉しいのう』
どうやらとても満足してくれたみたいだ。
「聖竜様は満足していらっしゃる。これからも、この土地で良き関係が続くことを願っている」
「可能な限り長く、共によく生きることを誓います」
そんな短いやり取りで、今年の収穫祭の儀式は終わった。
○○○
収穫祭の儀式の後に待っているのは宴会だ。
サンドラと俺が皆のところへ戻ると、料理の用意されていた広場の臨時炊事場が解放。
人々は思い思いの場所で食事を取り始める。今日は特別な日だからと、領主から酒が大量に振る舞われ、酒好きが広場のそこかしこで騒ぎはじめる。ちなみに一番騒ぐのは、聖竜領の大工一同である。
「今年も無事に終わったな」
「本当、こうして収穫祭ができて良かったわ」
広間の端に置かれたテーブルで皆を眺めながら、俺とサンドラは食事をとっていた。ちなみにクロード達はトゥルーズの作った料理を聖竜像に供えて、何度も光らせている。
『うむ。今年の料理も美味いのう。いくらでも食べるぞい』
聖竜様は嬉しそうだし、教えたらクロードの往復する速度が上がった。どちらも楽しそうでなによりだ。
「聖竜領全体の収益も上がったし、将来的なものも見えてきた。冬越えの心配をしてたころに比べると嘘みたいね」
「サンドラと、ここにいる皆の頑張りだな」
「アルマスがいてくれたからよ」
そう言ってくれるが、俺は皆がいなければパンの一つも作れない存在だ。改めて考えると、サンドラ達が来たのは幸いだった。色々な意味で。
「収穫祭も終わったし、いよいよね」
「ああ、冬に入る前に実行する」
俺は近いうちに、アイノの治療を行う。魔法陣は完成しており、聖竜様の方も準備を整えている。
恐らく、成功するはずだ。このアイノを治療する技術もまた、サンドラ達が来なければ手に入らなかった。
「成功を祈っているわ。……ごめんなさい、あまり気の利いたことを言えないの」
「十分だよ。既に、今年の冬はアイノと一緒に屋敷で世話になるつもりだからな」
「歓迎するわ、二人とも」
待ちに待った時が近い。サンドラとの会話で、それを実感しながら、俺は収穫祭の日を穏やかに過ごしたのだった。
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