第208話「実際のところ、アイノが帰ってきてからでないとわからないことが多すぎる」
ドワーフ王国から帰宅して、あれやこれやと仕事を片づける日々が続く。
そろそろ畑の収穫も始まり始め、農家やアリアが忙しくなり始めた頃、聖竜領に来客があった。
「やあ、今年は早めに来てみたよ!」
第二副帝クロードがやってきたのである。
帝国五剣の一人が妻である彼は少人数での移動だ。今回やってきた馬車は二台。荷物と人が前回よりちょっと多いのが気になった。
俺のそんな疑念はさておき、到着した第二副帝一行は屋敷へと通される。
「お久しぶりですクロード様。ご壮健なようでなによりです。ドワーフ王国の件ではありがとうございました」
「いや、気にしないでいいよ。帝国にとっても利益があることだしね。むしろ、アルマス殿が色々とやってくれたみたいで礼を言わねばならない」
応接に通され、ハーブティーを飲みながら、久しぶりに会ったクロードは変わらぬ穏やかさで応対する。
「俺はただドワーフ王と酒を飲んだだけだよ。なにもしていない」
「そういうことにしておこう。ドワーフを酔い潰す話は初めて聞いたので爽快だったよ」
ドワーフ王国でやったことはしっかり把握しているらしい。流石の情報通だ。
「シュルビア姉様から早く来ることは聞いていましたが、二日前に手紙で連絡を受けて驚きました。こんな長期滞在が可能になるなんて」
今回、クロードは収穫祭の後まで聖竜領に滞在する。忙しい身でよくもまあ、時間を確保したものだ。
「一緒の人員が増えていたが、長期滞在のためか?」
「その通り。実はアルマス殿に初めて会った年から業務改革を進めていてね。東部の業務をあれこれやって効率化して、随伴員が少しいればここでボクの仕事が出来るようになったのさっ」
「おかげでこの二年くらい、文官の仕事量が増えて大変でしたけれどね。あんまりやると恨まれますよ」
「うっ。ま、まあ、彼らも今は早く帰れるようになったから喜んでくれてるはずさ。……多分」
横のヴァレリーが静かに言うと、クロードが冷や汗をかきながら弁解をはじめた。これは結構危ない橋を渡ったな。無茶をする。
「では、お二人は冬の前までこちらに滞在されるのですね」
「ええ。ドワーフ王国との交易も始まるので、聖竜領は視察が必要だし。クアリアで暮らすシュルビアのことも気になるので。それと、私達の休みも兼ねてね」
「こう見えてヴァレリーはシュルビアのことをとても大事にていてね。なにか良くないことを見つけたらスルホ君が斬られぐほっ」
実に楽しそうに喋るクロードの動きがとまった。テーブル越しで見えないが、ヴァレリーが拳で黙らせたのだろう。
「嫁いだ娘のことが心配なのはおかしなことではないと思うよ。ヴァレリー」
「ありがとうございます。スルホ君のことはよく知っているのですが、領主夫人ともなると責任が伴いますから、心配でないと言えば嘘になるので」
たしか、ヴァレリーとシュルビアは血の繋がった親子では無い。クロードのもう一人の夫人の娘だ。この心配の仕方からすると、妻が二人いる家族で上手くやっていけているようだな、第二副帝は。
「ヴァレリー様が来ると聞いて、マイアが氷結山脈の様子を見にいっています。昨年のように出かけることもできるかと」
「それは楽しみね。ここまで来ないと剣を振れないから。地位っていうのも不便なもの」
「君が安易に剣を抜く状況にならないようにボクが頑張っているんだけどなぁ」
どうやら、ヴァレリーは今年も氷結山脈で魔物狩りをするつもりらしい。そのうち魔物が全滅しないか心配だ。
「さて、少しだけ仕事の話だ。アルマス殿、順調にいけば妹君が帰ってくるとのことだが。その後のことを考えているかな?」
「いや、冬はこの屋敷で過ごして現代の知識を得て貰おうと思っているが、それ以外は……」
俺の中に計画としてあるのはそのくらいだ。実際のところ、アイノが帰ってきてからでないとわからないことが多すぎる。
「もちろん、帝国東部を預かる者として、ボクは協力を惜しまない。ただ、一つ気になるんだ。……長く聖竜の影響下にある妹君はどんな状態なのかが」
聖竜様の眷属である俺が育てた植物は影響を受ける。そして、聖竜様の領域である聖竜領全体の土地も特殊だ。
ならば、聖竜様に直接浄化されて四百年以上たつアイノはどうなるのか。
実は以前聖竜様に問い合わせたことがある。
「恐らく、俺に近い状態になっているはずだ。魔力を扱えるようになり、修行を積めば魔法士にもなれるだろう」
それが聖竜様からの答えだった。実際、聖竜様も初めてのことなんで全てはわからないらしい。詳しくは戻ってきた後に色々と本人から聞こうと思う。
「そうか。では、第二副帝として約束しよう。聖竜領の賢者アルマス殿の妹が危機に晒されないように最大限の配慮をする、とね」
帝国東部最大の権力者の後ろ盾だ。
正直、ありがたい。俺と違って、アイノは身を守る術を持たないのだから。
「ありがとう。感謝する、第二副帝クロード」
「うん。なによりだ。ところで妹君復活の時にまた聖竜に会わせてごふっ」
さりげなく自分の欲望を滑り込ませようとしたクロードが、妻に黙らされた。
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