第207話「そういう生き物だと思ってもらおう。」
レール馬車が到着した後、俺はクアリア商会のダン商会支店に向かった。やはりこちらも人出が増えている。話の通り、この街の景気は本当に良くなっているようだ。
ダン商会支店の店舗は聖竜領支部のすぐ側に引っ越している。店内は以前よりも広く、中で働く人も増えた。聖竜領産の野菜やエルフの生産品など扱う商品が増えた関係だそうだ。
また、たまにメイド服の店員が手伝いに現れるのが人気らしい。
「こんにちは。納品に来たよ」
「いらっしゃいませです。アルマス様。わざわざお越し頂かなくても受け取りにいきますですのに」
「いや、こうして町に来るのも楽しみなんだよ。たまには賑やかな場所もいいしな」
「買い物は良い気晴らしになりますですからね。こちらへどうぞ」
薬草とハーブが詰まった木箱を手に店内に入ると、ドーレスが出迎えてくれた。すぐに打ち合わせ用の別室に案内してくれる。
落ちついた雰囲気の小部屋に通されると、素速くお茶が用意された。香りからして、聖竜領産のハーブティーだ。さすがに俺もそのくらい区別が付くようになってきた。
「いつも通り、ハーブと薬草を持って来た。眷属印ということでいいかな」
「はいです! いつもありがとうございます。本当に感謝です!」
俺が木箱を渡すとドーレスが心底嬉しそうにお礼を言ってきた。
「大げさだな。いつも通りじゃないか」
「いえ、最近はお客様も増えてきて、眷属印の知名度も上がってきてまして。他の商会からの横槍が正直恐いと申しますですか……」
「それほどなのか? 俺がこことクアリア領主以外に卸すのはありえないんだが」
色々と世話になっているし、自分で言うのもなんだがそれほど金銭に執着も無い。ドーレスだって俺のそういうところをわかっているだろう。
「それほどなのです。聖竜領産の品はクアリアの経済に影響を与えるほどになっておりますですし、知名度が上がると共にどんどんブランドとしての価値が高まっているです。だから、色んな商会があの手この手で手に入れようとするですよ。……例えば、妹様向けの商品を話の種にしたり」
「む……」
ドーレスの心配がわかった。たしかにアイノは俺の弱点と言える。妹が帰ってきたときのことをチラつかされたら、ちょっとだけ卸してしまいかねない。
「あ、動揺したです。自分でもわかってるですね」
「まあ、な。安心してくれ、もし何かあったらサンドラ達に相談するよ。俺が他の商会と付き合いだしたら聖竜領全体の問題になるからな」
そもそも眷属印自体がサンドラのアイデアだし、大きな勢力と関わると意外なところにまで影響が波及することも考えられる。落ちついて行動しよう。
「良いことを聞いたよ。今の話が無かったら、うっかりしていたかもしれない」
「アルマス様は妹様のことになると人が変わりますですからね」
「それが俺の生きる理由だからな」
特に否定することもないので、堂々と答えておいた。実際、俺の存在自体がアイノのためみたいなものだ。
「思った以上に堂々とした答えで驚きです……」
迷わず答えた俺を見てドーレスが驚いているが気にしない。そういう生き物だと思ってもらおう。
「失礼します! アルマス様、こんにちは! ドーレスに報告に参りました!」
そんな状況の部屋に元気な声が響いた。
入ってきたのはマイアだ。彼女がクアリアに来るのは珍しい。
「珍しいな。報告ってなんだ?」
多分、俺とドーレスが納品で雑談していると聞いて入ってきたのだろう。そのくらいの配慮はする子だ。すると、入室時の発言も俺が聞いても構わないことのはずだが。
「ドワーフ王国に行った際、ドーレスの知り合いの商人に手紙を届けたのです。その返事ですねっ」
「将来への投資というやつです。ドワーフ王国直送便ができたら、商品を回して貰うようにですね」
「それと、私の剣用の金属や魔石の調達もお願いしてくれました!」
なるほど。ドーレスはここにいながらもしっかり自分の仕事をしていたというわけだ。
「考えてみれば、元々ドーレスはドワーフ王国のもので行商していたわけだし、本来の商材を扱えるわけか」
「ですです。イグリア帝国に無い物をここでじゃんじゃん売るですよー」
ドーレスの商人魂が燃えている。商会長のダニー・ダンもきっとやる気なんだろうな。多分、聖竜領からドワーフ王国に色々輸出するはずだ。
「ふふふ、魔石や金属が手には入ったらエルミアに魔剣を打ってもらうんです。楽しみだなぁ」
「それだがマイア。金属やら魔石なら、俺やサンドラから直接ドワーフ王に頼んだ方が良かったんじゃないか?」
ドワーフ王ともなれば、王国の資源に対してそれなりに融通を利かせられるはずだ。マイア用の剣となれば、今こそそれを使うべきだったような気もする。
「……失敗したかもですね。お爺様の名前を使わずに、自分で色々とできる自由が楽しくて、考えが至りませんでした」
「きっと無駄ではなかったと思うぞ、多分。後から頼めるだろうし」
「そうです。あてくしの知り合いが先に良いものを見つけるかもしれないですよ!」
割と本気で落ち込んだマイアを、俺とドーレスは慌てて慰めた。
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