第206話「全ての仕事が順調というわけにはいかないものだ。」

 その日、俺はクアリア行きのレール馬車に乗っていた。目的はドーレスの店への納品。別に俺がやる必要もないんだが、気分転換の買い物なども兼ねて、自分で行くことにしている。


 レール馬車は揺れが少なく、快適だ。速度も速い。徒歩で何日もかかっていたのが遠い昔に思える。

 窓付きの仕立ての良い馬車に、今日の客は俺も含めて三人。マノンとマルティナの聖竜領出張所の二人である。


「二人とも大変だな。ドワーフ王国に行っている間は聖竜領で、今度はクアリアか」


「お気になさらず。これが私の仕事ですから」


 俺達がドワーフ王国に行っている間、サンドラの代わりを務めていたのは主にマノンである。これといったトラブルがあったわけではないが、大変なのは変わりない。

 

「クアリアの方も変わってきているようだし、色々と負担が増えそうだな」


 前についた窓から外を見れば、見えるのは御者と馬、それと真っ直ぐに続くレールだ。じきにクアリアの城壁も目に入るだろう。


「聖竜領の影響ですね。領内に入る前に大抵の人に対応できていますから。ドワーフ王国との取引の噂も広まっているようで、商会や貴族からの問い合わせが多くて……」


「ドワーフ王国との取引は大きいようですね。すでに街中で建物の増改築が増えています」


 マルティナの言葉通り、クアリアの町並みも徐々に変化している。大通りのある中心部ほど建物が大きく、新しくなっているのである。

 レール馬車用の軌道延長が計画されているし、聖竜領とドワーフ王国の特産品が手に入る場所として、今後は経済的にも賑やかになるのかもしれない。


「将来的にレール馬車で東都まで行けるようになるといいな」


「第二副帝としては、いっそ帝都まで作りたいようですが。あるいは、ハリアさんに乗っていくかですね」


「帝都に空から乗り込んだら大騒ぎだな」


 そんな風に雑談を交えつつ昨今の事情について話していると、馬車はクアリアの城壁の向こうに入った。

 以前は入り口で止まっていたレール馬車だが、少し延伸されて今は町の中心部で降りることができる。

 マノン達の言うとおり、窓から見える町並みは以前よりも賑やかだ。


「む、あれは……」


 市場の横を通った辺りで見覚えのある姿が見えた。


「今、ロイ先生とアリアが一緒に歩いていたような」


 馬車は一瞬で通り過ぎたが、見間違えではないはず。


「ごく最近ですが、たまに二人でクアリアの街を歩いているようですよ」


「そうか。仲が良いのは良いことだ」


 どうやら、二人の関係は上手くいっているらしい。


「クアリアは色々な店が増えましたからね。東都から有名なお菓子や料理の店も出てきていますから、聖竜領の仕事の息抜きにちょうど良いようです」


 どうやらマノンも二人のことは知っているようだ。口ぶりからして、行き先の相談でも受けているのかもしれない。


『東都の料理とお菓子じゃと! 気になるんじゃが!』


『そこに反応するんですか、聖竜様』


 いきなり興奮気味に上司が話しかけてきた。相変わらず食べ物に目が無い。


「アルマス様……」


「聖竜様も興味をお持ちらしい。良ければお勧めを教えてくれないか」


 俺の目が金色に変化したことに気づいたマノンがこちらを見ていたので端的に伝える。


「もちろん構いません。アルマス様の妹様が帰って来た際に、ご案内したいと密かに考えておりましたので」


「有り難いな。クアリアが発展しているとなると出かける先としてちょうど良くなるな」


 冬はアイノと聖竜領の屋敷で過ごす。漠然とそう考えていたが、雪が積もらなければクアリアまでなら簡単に行くことができる。

 これは俄然、楽しみになってきたぞ。


「二人とも、無事に妹が帰ってきたら、色々聞くことになると思う。その時は宜しく頼むよ」


「そのくらいお安い御用ですよ。アルマス様にはお世話になっていますから」


 俺が頭を下げると、マノンはそう答え、マルティナと共に朗らかに笑った。


「……まあ、そのくらい落ちつくまでが大変そうなんですけどね」


 そしていきなり疲れた顔になった。聖竜領ではこれから収穫祭、第二副帝の来訪、皇帝の来訪が控えている。きっと、予定外の出来事もあるだろう。

 ある意味、最前線を担当するマノンは多忙になるはずだ。


「今度、なにか差し入れをもっていくよ」


 サンドラの手伝いをするためにやって来たマノンだが、その彼女の手伝いも必要そうだ。

 なかなか全ての仕事が順調というわけにはいかないものだ。


 俺がそんな感想を覚える中、レール馬車はクアリア中心部付近の停留所に止まった。

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