第205話「ルゼとリリアが何か言っているが。俺は気にしないことにした。」
聖竜領に戻って数日。俺は連日屋敷に通っていた。主に昼食時に。
言うまでもなく、トゥルーズの料理を食べるためである。ドワーフ王国の大ざっぱな料理が続いたことで、彼女の作る料理の良さを再認識したのだ。
最近は、エルフから教わった薬草もふんだんに使われており、健康にも良い感じがするしな。
俺は食事が体調に影響することはないんだが、こういうのは気分が大事だ。
そんなわけで、今日も畑の世話などを済ませると、俺はいそいそと屋敷の食堂に向かうわけである。
「こんにちは。トゥルーズ。昼食をお願いしてもいいかな?」
「こんにちは、アルマス様。今日も来ると思ってた」
「行動を予想されていたか……」
「アルマス様は三日以上聖竜領を離れると、屋敷の食堂に続けて現れる確率が上がる。サンドラ様が言っていた」
「分析されている……」
言われて見れば、これまでも聖竜領を長く離れた後は頻繁に食堂に来ていた気がする。サンドラはそれをしっかり覚えていた上で、俺の習性として把握したのだろう。そんなに分かり易いか、俺は。
ちょっとショックを受けつつ、室内を見ると先客がいた。
「ルゼとリリアとは珍しい組み合わせだな」
机に向かって昼食を食べているのはエルフの族長のルゼと建築家のリリアだった。南部の地図などで一緒に仕事をしたことのある二人だが、こうして揃って屋敷にいるのは珍しい。
「アルマス様を待ってるみたい。先にご飯、食べて貰ってたよ」
「そうなのか。なにか用件があったかな?」
言いながらルゼ達のテーブルに料理を運んでいくトゥルーズに導かれるように、俺は席につく。ちょうど、二人と向き合う形で着席した。
今日の昼食はシンプルなパンとスープだ。パンの中にはたっぷりソースの絡んだ肉と野菜が挟まれており、食欲をそそる。
「こんにちは、二人とも。俺を待っていたみたいだが?」
挨拶すると、待ってましたとばかりに二人が口を開いた。
「お待ちしていました。ハリアさんのことで話があります」
「そうです。ずるいですよっ。空からなんて楽しそうなことして!」
ルゼは静かに、リリアは元気に用件を口にした。
ドワーフ王国から帰る際、ハリアの輸送便にサンドラ達と乗り込んだ。しっかり、乗客を乗せる仕様に改造した荷箱を使って。
そのことを聞いた二人がすぐさま動いたということだ。聖竜領の地図担当と、南部の建築担当。どちらも空から見た地形なんて見たいに決まっている。
「二人とも、行動が早いな」
「マイアに聞いて、すぐにアルマス様に会うべきだと思いましたので」
「サンドラ様に直談判した甲斐がありました。今なら昼にここに来ればアルマス様に会えるって教えてくれましたからね」
そうか。サンドラの入れ知恵か。
「そうだ、サンドラだ。彼女はなんて言ってたんだ? その、ハリアの輸送便に二人を乗せる件について」
「アルマス様が許可するなら問題ないそうです」
「将来的には人の行き来に使うことになるだろうから、仕方ないわね、とは言っていましたよ」
俺に判断を丸投げされている。いや、実際、将来的にはハリアが定期的に人を運ぶことになるだろう。その際、安全確保のために俺が一緒に乗り込むこともほぼ確実だ。
だから、この二人を乗せる判断を俺に委ねることは不自然ではない。不自然ではないが、面倒だからこっちに投げられた気も少しする。
ここは彼女に信頼されているということにしよう。
そう思いながら、トゥルーズの作った特製サンドを一口食べる。口の中に広がる濃厚な肉の味とソースのうまみが溜まらない。一緒に入っているのはエルフの育てた香草だろうか、軽い刺激が後からくるのもまた嬉しい。
「うん、やっぱりトゥルーズの料理は美味しいな」
「……話を逸らそうとしていませんか?」
「美味しそうにご飯を食べる人ですね……」
それぞれがじっとりした目で俺を見ている。食事に来たんだから、楽しんでもいいじゃないか。
とはいえ、結論は決まっている。
「俺が同乗している時なら構わないぞ。ただ、ちゃんとした乗客用の荷箱が完成してからだ。この前のは急ごしらえだったからな」
先日使ったやつは既存の品の改造品だった。今後も人を乗せるならもっとちゃんとしようと、現在スティーナとクアリアの職人達に対して正式な依頼がいっている。
「良い判断に感謝します。これで、地図もより良いものになるでしょう」
「やりました。今度は空から見たときの町並みまで考えないと……」
俺の回答にルゼもリリアもほっと胸をなでおろした模様。可能性は少ないとはいえ、拒絶されることも想定していたんだろう。
とはいえ、サンドラだって無理だと思っているなら、その場で二人を説得したはずだ。
皇帝やら第二副帝よりは大分心安らかな乗客である。遠慮無く乗って貰おう。
「話がまとまったみたいで良かった。ところで、アルマス様に良い知らせと悪い知らせがある」
様子を見ていたらしいトゥルーズが、お茶を持って来てくれた。絶妙なタイミングだ。
「どんな知らせだ? トゥルーズの仕事が俺に関係するのは珍しいな」
「良い知らせは、私の料理の腕が上がること。シュルビア様と一緒にクアリアに来た料理人に、色々教えて貰えることになった」
「凄いじゃないか。東都の城に居た料理人だろう。宮廷料理を教わるのか?」
トゥルーズはちょっと照れた様子でこくりと頷く。
「そう。最新の宮廷料理を教わることができる。きっと、もっと美味しいものを提供できる」
「それは素晴らしいな。それで、悪い知らせというのは?」
俺の問いかけに、トゥルーズは申し訳なさそうな、困った顔をしながらいう。
「冬の間、修行のために長い期間クアリアに滞在する。だから、今年の冬は、アルマス様にも、帰ってきた妹さんにも、あまり料理は作れない」
「……なんということだ。アイノにトゥルーズの料理を食べて貰うのが楽しみだったのに」
俺は本気で落ち込んだ。帰ってきた妹に豊かな食生活を送って欲しい、そんなささやかな望みが……。
そう思ったところで、困り顔のトゥルーズに気づく。
「いや、春以降になればより上手くなったトゥルーズの料理を味わえると思うことにするよ。無理せず頑張ってくれ」
彼女は自分のために頑張っているだけだ。俺がその邪魔をしてはいけない。
俺の言葉を聞いて、トゥルーズの表情が明らかに変わった。
「ありがとう。頑張る」
表情の変化が少ない彼女にしては珍しく、わかりやすい笑顔で答えが返ってきた。これは、来年が楽しみだな。
「……実はアルマス様に対して一番強いのはトゥルーズさんなのでは?」
「今度サンドラ様に聞いてみましょう」
ルゼとリリアが何か言っているが。俺は気にしないことにした。
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