第204話「どういうわけか、屋敷に着くとクアリアの街の領主夫妻が待っていた」

 聖竜領に戻った俺達はまずは領主の屋敷へ向かった。待っている皆への成果報告と、不在の間の出来事を確認する必要があるためだ。

 どういうわけか、屋敷に着くとクアリアの街の領主夫妻が待っていた。


「おかえり、サンドラ。無事でなによりだ」


「アルマス様はじめ、お元気そうでなによりです」


 領主のスルホとその妻のシュルビアは軽く一礼したあと、それぞれの言葉で出迎えてくれた。


「どういうことだ? 二人が聖竜領に来る予定はなかったと思うんだが」


 屋敷に着くなり、待っていたメイドに食堂まで案内されたと思ったらこれだ。事情がわからない。


「ドワーフ王国へ行った結果報告……というところでしょうか?」


 席について、リーラの淹れた紅茶を飲んだ後のサンドラの言葉を聞き、俺も検討がついた。

 あまり意識していないが、クアリア領主は聖竜領の動向を東都に報告する仕事があるはずだ。

 

 俺という存在がいるし、ここはイグリア帝国の重鎮も注目する場所。それが今度は国境の外と関係を持とうとしているわけだ、気にしないはずがない。

 最近忘れがちだが、サンドラはまだ十代の領主だ。果たして役目を十分に果たせるか、見定める意味もあるのだろう。


「そうだね。体面としてはそのようになっている。この国にとって大切な仕事だ」


「でも、私達は特別心配していないのよ。サンドラはしっかりしているし、リーラとアルマス様がついているもの」


「……恐縮です」


「俺は特に何かしたわけではないんだが……」


 サンドラの後ろに控えるリーラが少し緊張した面持ちで答えた。いつも冷静な彼女だが、感情の起伏をたまに見せる。特にサンドラと親しい人相手だと、それが顕著だ。


「アルマスのおかげで挨拶は上手く行きました。軽い顔見せのつもりだったのですが、ドワーフ王には気に入ってもらえたと思います」


「それは良かった。いやまあ、ハリア殿の輸送便が無事に帰ってきた段階で安心はしていたんだけれどね」


 たしかに、俺達の対応が上手くいっていなければ、ハリアが無事に行き来するはずはない。下手をして現地で一暴れ。そのまま国際問題などにならなくて本当に良かった。そうなる余地は殆どなかったんだが。


「ハリア殿の荷箱がついに改造され、人が乗れるように……。楽しみですね、あなた」


「……いや、ぼくとしてはあんまり気軽に乗れるようにするのは心配なんだが」


「でも、皇帝陛下やお父様も乗るのでしょう? それなら私達が先に試さないと」


 そういえば、シュルビアは前からハリアの輸送便に乗りたがっていたな。

 今回遂にそれが実現してしまったわけだ。スルホはシュルビアが病弱だった時期の記憶が強くあるからか、無茶をさせたくないようだが、こうも理詰めで来られては分が悪そうだ。


「安心してくれ。シュルビアが乗る時は、俺も一緒だ。安全は確保するよ」


「ご迷惑はおかけします。その際には、ぼくも同行しますので……」


「貴重な機会に感謝します。約束ですよ、アルマス様。ああ、サンドラ。空からの景色はどんなものだった? 私、昔から鳥の見る世界というものを体験したかったの」


 しまったな。領主の妻と約束してしまった。これは、実行しないと後が怖いやつだ。

 横のサンドラを見ると、諦めたような笑みを浮かべていた。想定内、ということだろう。


「空からの景色は素晴らしいものでした。リーラやマイアも一緒でしたから、後で皆で詳しくお話ししましょう。スルホ兄様、用件はそれだけですか?」


 サンドラの問いかけに、スルホが軽く笑みを浮かべる。最初から別件ありで待っていたわけか。

 今はレール馬車もあって、聖竜領は近い。ハリアが飛んだ報告を受けて来たのだろう。


「ぼくが来たのは今後の相談だ。ドワーフ王国との話が無事に進むなら、これからの時期、皇帝陛下と第二副帝のクロード様がやってくる。場合によっては同時にね」


「……同時ですか。滞在期間も以前より長いでしょうか」


「恐らくね」


 サンドラのおそるおそるといった問いかけに、短く答えるスルホ。


 これは大変だ。聖竜領に帝国の重鎮二人を長期間滞在させるだけの備えはあるだろうか。

 滞在先は屋敷でいいのか、それともたまにクアリアにいってもらうなりすればいいのか。

 長期滞在なら彼らの業務はどうなる。


「今のうちからその辺りの対応策を考えておきたいと思ってね。ぼく達も他人事じゃいられないからね」


「クアリアの領主がスルホ兄様で本当に良かったわ……」


「アルマス様にもご迷惑おかけします。恐らく、お父様……第二副帝はアルマス様の妹君が戻ってくるまで滞在されるかと。かつてない勢いで仕事を片づけているそうなので」


「本気なんだな、クロード……」


 付き合いそのものは短いが、一心不乱に仕事を片づけるクロードの姿が脳裏に浮かぶ。恐らく、あらゆる能力を駆使して時間を作っていることだろう。


「これは案外、ドワーフ王国相手よりも大変だな」


「ええ、本当に」


 自然と出た俺の感想に、サンドラが髪をいじりながら同意した。

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