第202話「リーラが少しずれたことを言っているが、それを指摘する時間すら惜しい。」

 ドワーフ王国は入り口付近は非常に賑やかな商店街だ。主な理由として、商売や観光でやってきた客向けの商店が集中していること、空調など施設の関係で飲食に関する施設もそちらに集中していることがあるそうだ。

 もちろん、それらに加えて人の多い所に色々と集中したということだろう。

  

 なにが言いたいかというと、俺とサンドラとリーラの三人は、そのドワーフ王国で最も人の多い場所を歩いていた。

 ちなみにマイアはいない、昨日この辺りは歩き尽くして、今は奥地へ探検に出かけている。元々ディリンの護衛目的で連れてきたので、ここに来てからはほぼ自由行動なのである。


「ねぇ、アルマス。こんなにのんびりしていて大丈夫なの? 今日はハリアが飛んでくる日なのよね?」


「問題ない。接近すればわかるし、聖竜様も教えてくれる。近いとはいえ、せっかく他国に来たことだし、ゆっくり土産を選ぶくらいいいだろう」


「それならいいけれど……」


「私もアルマス様に賛成です。ドワーフ王との話や調整であまり出ておりませんし。また来られる保証もないですから」


 意外にも俺の主張にリーラが同意してくれた。

 ドワーフ王国にやってきて四日目。今日はもう聖竜領に帰る日だ。もっとのんびりしていたい気持ちはあるが、すでに九日ほど聖竜領を留守にしている。収穫の近いこの時期に長期間空けるのは望ましくないという判断だ。


「お父様達が事前に手を回してくれていたおかげで、ドワーフ王との話はほとんど雑談みたいだったし、仕事としては楽だったけれどね」


「とはいえ、二日間も捕まるとは思わなかったな」


「お嬢様はお年寄りに好かれる傾向がありますので」


 そうなのである。ドワーフ王とその重鎮達、特に後者とサンドラは相性が良かった。知識が豊富ではっきりと物事を言う、そのうえ物腰は丁寧で的確な応答ができる彼女はなんだかとても気に入られた。


 おかげでなんだかんだと理由をつけて拘束されて、今日まで自由な時間がほぼなかった。念のため、俺も同行していたが、美味しいものを沢山頂いたくらいしか思い出がない。聖竜様から苦情が来た。


「それでちゃっかりハリアの離着陸の許可まで取ったのには驚いたな」


「ドワーフ王に好奇心があったこと、ディリンさんの話で周りが興味を持ったことが大きかったの。大騒ぎになるでしょうね、きっと」


「一応、告知はしているようですが」


 通りを歩き、人通りを見ながらリーラが言った。その告知のおかげで、今日はいつもより人通りが多いようだ。

 ドワーフ王国の商店は雑多だ。地面に布を敷いて商品を並べただけのものもあれば、しっかりとした店構えの建物まで存在する。

 俺達はそれを見て回りつつ、菓子に保存食、イグリア帝国では見たこと無い物を購入していく。

 これから来るハリアは座席付きの荷箱で飛んでくる。相当な荷物を積載できるので、少し多めに買ってもいいので安心感がある。


「あまり高級品は買わないんだな、サンドラ」


「高級なのはドワーフ王達からお土産を持たされているもの。聖竜領の皆に持ち帰るなら、ここの空気を感じられる普通のものもあった方が良いと思って」


「さすがです、お嬢様」


 小さな商店の中で装飾品の数々を選びながら、サンドラが答えた。良い考え方だと、俺個人としては思う。


「ところで二人とも、まだ決まらないの?」


「すまない。もう少し待ってくれ……」


「さすがの品揃えですね、目移りしています」


 俺はネックレスなどの小さなものが並んだ棚を見ながら。リーラは店舗内を回って帰って来がてら発言する。

 ここはドワーフの若手職人でも腕利きが作った物が並んでいる商店だ。正直、かなり出来が良い。俺にもわかるくらいだ。

 それゆえに、俺は選んでいる。もうすぐ帰って来る妹のための品を。

 この辺の審美眼に自信はないので、二人の協力してもらいつつ、現在選定中である。

 ちなみにリーラが真剣なのはサンドラ向けの品を選んでいるためだ。口にこそ出していないが全身がそう語っている。


「この紅い髪飾り、良いと思うんだが」


「良いけれど、派手すぎると服を選ぶかもしれないの。普段使いできそうなものも買っておくといいと思うわ」


「なるほど。よし、ではそういうものを……」


 華美でないものが並ぶ棚をみたら、似たような見た目の物が大量に並んでいた。


「この中から選ぶのか……」


「アルマス様、悩むのも楽しみの一つですよ」


 悩んでいると、リーラが隣に来て言ってきた。満足げな表情から察するに、良い物を選べたらしい。


「資金はあるのですから、いくつか買っておいても良いと思いますよ」


「なるほど。たしかに補給は潤沢な方が良いものだ」


「こういう時の基準は戦場なのね……買い占めはやめてね」


 サンドラが呆れ混じりに言うが、反対はしていなかった。買い占めはともかく、それなりの量を買うくらいの金はある。棚からいくつか物を選んで二人に見て貰う。


「この辺りでどうだろう?」


「正直、このお店のものならどれでも良いと思うのだけれど。強いて言えばこれとこれが良いと思うの」


「お嬢様のご意見と同様です」


 二人に選んで貰って上で、俺は装飾品を多めに買った。思えばアイノのための買い物をするなど何百年ぶりだろう。喜ばしいことだ。


『アルマス。そろそろ時間じゃぞ。ハリアが近づいておる』


 唐突に聖竜様の声が脳内に響いた。声音はいつも通りだが、内容は切実だ。

 しまったな、夢中で買い物をしている場合じゃなかった。


「すまない二人とも。そろそろハリアが来ているようだ」


「……楽しく買い物をしている場合ではなかったのね」


「お嬢様が楽しい時間を過ごせて何よりです」


 リーラが少しずれたことを言っているが、それを指摘する時間すら惜しい。

 俺達は足早に店舗から出て、ドワーフ王国の賑やかな道に飛び出す。


『のうアルマスよ。ワシの分の土産はどうなっておるかのう?』


『王宮で色んな名物を用意して貰って上で、魔法をかけた箱に保存してありますよ』


『うむ、さすがは我が眷属じゃ』


 のんびりと質問してきた聖竜様に答えつつ、俺はサンドラ達の後から、明るい地下王国内を駆けて行くのだった。

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