第201話「筋書きはとても良いと思う。」

 ドワーフ王国の王宮、その謁見の間。

 その隣には王の執務室や生活空間を兼ねた部屋がある。有事の際には兵士を連れて立てこもれる想定なのか、複数の部屋と倉庫まである小さな屋敷のような区画。

 その部屋の一画、謁見の間にもっとも近い執務スペースに、ドワーフ王ギオーグはいた。


「む。むおおお……ア、アルマス殿か……うっ」


 そして、二日酔いで苦しんでいた。


「約束通り、よく効く薬を調合してきた」


「か、かたじけないですじゃ……。サンドラ殿、このような姿が王との初対面となったこと、失礼するのじゃ……」


 ドワーフ王の横でぐったりしていたディリンがゆらゆらとふらつきながら礼を言う。

 執務室内はまるで野戦病院のようだった。

 そこかしこにベッドやクッションが置かれ、ドワーフ王国の重鎮の大半が二日酔いで苦しんでいる。


 なんのことはない、昨夜、俺に飲み負けたドワーフ王を見て、付き合いよく勝負を挑んだ結果である。俺の体質を知っているディリンまで挑戦してくるとは思わなかったが、ちょっと楽しそうだったから良しとしよう。


「俺の育てた薬草を、こちらのリーラが調合した。聖竜領で二日酔いの薬としてよく使われているものだ、怪しくないぞ」


 リーラが持つ容器を指し示し、そう説明する。

 この流れもまた、ディリンと打ち合わせしたものだ。これほどの惨状は想定外だが、飲み過ぎた王に聖竜領の薬草を渡し、その効能を知って貰う。筋書きはとても良いと思う。


「……はじめまして。聖竜領領主、サンドラ・エクセリオと申します。このような形での謁見になってしまい、大変失礼を……」


「い、いや。こちらこそ失礼をした。謁見の予定を白紙にしてしまった上に、無様な姿を晒してしまったからな。……ところ、本当にその薬は大丈夫なのか?」


「聖竜領の薬草はイグリア帝国各地で評判になり、通常よりも高値で取引されています。特にアルマスの作る眷属印と呼ばれるものは魔法のような効能があります」


「…………」


「本当ですじゃ。儂がこの歳で氷結山脈越えの疲れを見せなかったのは、眷属印の賜物。昨年、皇帝からもらった胃の薬で効能を陛下は覚えておいででしょう」


「そ、そうか……、では……」


「ですが、さすがに心配なのもわかります。このディリンが最初に試しましょう……うっ」


 リーラがどこからか取り出した小さなカップに薬液を注ぐと、真っ先にディリンがそちらに向かった。


「ま、まてディリン、最初は我が……」


 止める間もなく、カップを受け取ったディリンが薬液を飲み干した。相当辛い状況だったのだろう、迷いのない動きだった。

 カップの中の薬液はごく少量だ。親指の先くらいしか入っていない。


「む、むおおお。これはすごい、どんどん気分が良くなっていきますのじゃ!」


 効果は目に見えてわかるほどだ。髭だらけわかりにくいはずのドワーフの顔色が、白から赤みがかった通常のものへ変わっていく。頭の方もはっきりしたのか、ほんの数秒でディリンはいつもの状態に戻った。

 自分で作っておいてなんだが、この効き方は不安になるな。噂で効能を聞いたら、まっさきにデマを疑う。


「ふぅ。これは素晴らしいものですのう」


 ディリンのその様子を見て、ドワーフ王の顔つきが変わった。


「つ、次は我だ! 皆にはすまんが、先にもらうぞ。正直もうかなり限界なのだ……うっ」


 えづきつつもそこは王としての誇りか、堂々と歩き、ドワーフ王がリーラから薬を受け取った。

 それを見た他の重鎮達も殺到する。


「わしも! わしもじゃ!」


「限界なのは王だけではありませんぞ!」


「正直もう限界……」


 ちょっと危険な人は他の者が手助けしつつ、全員に酔い覚ましの薬が行き渡っていく。

 

 数分後、執務室内は元気なドワーフ達の声で溢れていた。


「アルマス殿、サンドラ男爵。礼を言う」


 俺達の用意した薬で元気になり騒いでいたドワーフ達だが、王の厳かな声を出すと、静まりかえった。


「いえ、こちらこそ余計なことをしてしまったかと心配したのですが」


「そんなことはない。実はな、昨夜アルマス殿と飲み比べをした際、最後の方は竜も悪酔いするというドワーフ王国秘蔵の一品を出していたのだよ」


「……だからドワーフがこんなに悪酔いしたのか」


 ドワーフの二日酔いなんて聞いたことがない。たしかに出てくる酒がどんどん強くなっていくとは思っていたが、そんなものまで引っ張り出していたとは。


「並の酒ではドワーフも竜も酔いつぶれないと思ってな。結果として、竜をも酔わすという酒も通用しなかったようだが」


「俺は聖竜様の眷属だからな。おそらく、並の竜なら十分酔わせることが出来たはずだ」


「なるほど。さすがは六大竜の眷属といったところか」


 嘘ではないが、全てを話したわけではない情報だが、ドワーフ王は納得してくれた。多分、昨日飲んだ最後の方の酒、ハリアなら酔いつぶれると思う。ちょっと聖竜様に供えて試してみたい。


『アルマスお主、よからぬ事を考えておらんか?』


『いえ、滅相もありません』


 勘の良い上司だ。でも、分けて貰えたらこっそり土産に混ぜてみよう。


「ディリンが一緒に氷結山脈越えをしたと聞いた段階で、何か企んでいるだろうとは思っていたが、見事にしてやられたな」


 苦笑しながら、若きドワーフ王がそうこぼす。一瞬、サンドラが驚いてディリンの方を見たが、老ドワーフは鷹揚に頷くのみだ。

 若いと言っても王だな。こちらに意図があることは読まれていたか。


「謁見の際には、ご挨拶と聖竜領の魔剣を打てるドワーフ鍛冶のことでご相談をするつもりだったのですが」


「我らドワーフ王宮一同、昨日のアルマス殿の飲みっぷりに感服した。魔剣の打ち手をお預けしよう。気を使わせてしまったな」


 サンドラの正直な申し出に、ドワーフ王は穏やかに答えた。事情が事情なので、理由さえできれば通るというのはディリンの予想通りだ。


「さて、元気になったことだし執務に戻るが、それも午後からにしよう。こうして助けてくれた上に、近い将来もっとも近い他国の友人になる其方らとゆっくり話をしたい。……この地下に籠もってばかりのドワーフ達に、聖竜領の話を聞かせてくれるかな?」


 少しばかり威厳を薄れさせ、若さ相応の好奇心を覗かせながら、そう言うドワーフ王だった。

 もちろん、俺達にその申し出を断る理由はない。

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