第200話「その場の流れもあって、どうやっても止められなかったと思うが。」
聖竜様の眷属になって以来、俺はどんなことがあろうと決まった時間に起きることができる。
なんのことはない、その気になれば食事も睡眠もいらない肉体になったから、睡眠欲そのものが存在しないだけだ。
実質、睡眠というより目を閉じて意識を閉じた長い休憩だ。あとは人間時代に培った体内時計に従って起きる。あまり人間離れした生活はしない方が良いと考えていることもあって、俺は毎日睡眠の時間を設けている。
ドワーフ王ギオーグを酔いつぶした翌日も、俺はいつも通りの時間に起床した。
相当強い酒を飲んだはずだが二日酔いはおろか、飲んでいる最中も酔う気配すらなかった。
対するドワーフ王はまったく動じない俺を見て次々と強い酒を要求し、最後は意地になって無理矢理飲んでいた。大丈夫だろうか。
酒の飲み過ぎで死んだドワーフは聞いたことはないが、心配だ。
そんな考えの下、俺は持って来た荷物の中から袋を出し、そこからいくつか薬草を取り出す。体力回復などによく使われるマウの葉をはじめ、エルフの里でしか作られていない少し珍しいものを選んでおく。
袋の中に入っているのは全て眷属印だ。恐らく、これから必要になる。
「……ドワーフ王国は面白いが、時間がわかりにくいのが難点だな」
王宮が洞窟内にあるため、部屋から見える景色は魔法具や篝火に照らされた石の世界。外の景色が見えないため、時間の感覚が曖昧になる。
一応、そこかしこに今がどんな時間か現す看板があるし、一定時間ごとに鐘が鳴り響く。それによると、もう早朝を過ぎて朝と言っても良い時間だ。
とりあえず、行ってみるか。自分だけじゃ無理そうだしな。
そんな思いと共に、俺はいつものローブ姿でいつもの足取りで部屋を出るのだった。
部屋から出た俺の行き先はサンドラとリーラの部屋である。
聖竜領の面々は同じ階に集められていて、部屋も近いので会いやすい。
「朝からすまない。アルマスだ。ちょっと頼み事があってきた」
扉をノックしてそう言うと、すぐに中からリーラが顔を出した。
「おはようございます。アルマス様。どうぞ」
「突然すまないな。起きていたようで良かった」
「朝一番で気になることがありましたので、こうなると思っておりました」
「……どういうことだ?」
疑問に思いながら部屋に入ると、サンドラが椅子に腰掛けてのんびりお茶を飲んでいた。
ドワーフ王宮内の家具は渋い色合いで統一されていて、白と青を基調としたサンドラの服装と金髪はとても目立って華やかに見える。
「おはよう。アルマス。少し前に王宮の人がやってきて、ドワーフ王が今日の謁見を中止すると言ってきたの。……もう計画が成功したのね」
「驚くほど予定通りだったよ。ディリンの人徳かもしれないな。恐らくドワーフ王は酷い二日酔いのはずだ」
言いながら俺は机の上に薬草の数々をまとめた袋を置く。
「リーラ、すまないがこれで酔い覚ましを作ってくれないか。飲みやすいやつを」
「承知致しました。少々、お嬢様をお願い致します」
そう言うとリーラは袋を受け取って隣の部屋へと消えていった。荷物が置かれた寝室で作業をするようだ。
「眷属印の酔い覚まし。それも聖竜領秘伝の調合ね」
「魔法薬でないのが幸いしたな。もしそうなら、俺でなければ作れないし、酷い出来だったろう」
魔法薬の調合は料理に近いところがある。そして、俺は相変わらずそちら方面の技能は壊滅的だ。
今、リーラに作って貰っているのは聖竜領特製の酔い覚まし。主にスティーナが深酒した時に使っていたものを、エルフ達やロイ先生の知識も合わせて完成させたものである。
その効果はすさまじく、「あの薬があるから飲んでも大丈夫」とスティーナの酒量が増えたほどである。もちろん、関係者全員に物凄く怒られていた。
「少し多めに薬草を持って来た。出来上がり次第、持っていくとしよう」
「多めに? そんなに酷い飲み方をされたの?」
「いや、王に付き合ってディリン達も飲みまくって倒れてしまったんだ」
昨日、ドワーフ王が酔いつぶれたのを見て、周囲の側近達は仇とばかりに飲み比べに参加してきた。まあ、すでに全員が泥酔していて正常な判断力を失っていただけであり、次々に倒れていったわけだが、大変なことになったのは事実だ。
なにより問題なのは、あの場に居たのが全員、ドワーフ王国の重鎮だったことである。
「このままだとドワーフ王国の行政機能に影響が出るかもしれない。早く持っていこう」
「……ちょっとやりすぎね。謝った方がいいかしら」
想定外の事態に頭を抱えるサンドラ。少し申し訳ないな。その場の流れもあって、どうやっても止められなかったと思うが。
「幸いなのは、何とかできる事態ということだ。前向きに行くとしよう」
「そうね。……準備して来て本当に良かったわ。そうだ、マイアにも声をかけましょう」
「ああ、もしかしたら魔剣を折られたことを質問されるかもしれない。落ち込まないといいが……」
そんな風に打ち合わせをしていると、隣の部屋からリーラが現れた。
その手には白い陶器製の容れ物がある。深紅のメイド服に合わさって、非常に目立つ一品だ。
「完成しました。トゥルーズから味を良くする方法を聞いてありましたので、そちらも保証できます」
その言葉を聞いて、サンドラがカップを机の上に置き、立ち上がる。
「それは安心ね。では、いきましょうか、アルマス」
「事態を収拾して。話をさせてもらうとしよう」
俺も立ち上がり、そのまま三人で扉の外へ向かう。
魔法具の明かりで照らされる王宮内へと、俺達は繰り出した。
目指すはドワーフ王のいる場所だ。
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