第199話「そういえば、俺の職業って具体的になんだろうな。」
ドワーフ王ギオーグはドワーフらしい縮れた髪と長い髭の人物だ。ただ、店内に多い老ドワーフと違いその色はまだ黒々としている。
見た目の特徴は他より一回り大きい体格だろう。人間ほどの身長はないはずだが、がっしりした肉体もあってか大きく見える。力強い目つきと言い、いかにも若き王という印象だ。
「聖竜様の眷属アルマスだ。聖竜領で……魔法士としても働いている」
一瞬、自分の役職で迷ったがとりあえず魔法士にしておいた。人生で一番慣れ親しんだ役割だし、魔法で色々やっているんだから間違ってはいない。そういえば、俺の職業って具体的になんだろうな。
「よろしく。ドワーフ王国へようこそ、アルマス殿。正式な謁見の場で無いので、ただのドワーフとして扱ってくれと言いたいが、無理がありそうだな」
「まあ、ここは王宮内ですからのう」
おどけた風に言ったギオーグに合わせてディリンがいうと、周囲が笑って少し空気が柔らかくなった。
ここは真面目な話ではなく、あくまで雑談。そういうことだろう。
有り難い。この場を用意してくれたディリンに心の中で礼を言っておく。王宮内の酒場で話していれば、王が来るかもしれない。そんな話の流れで到着したその日にここに来たのだが、思ったよりも上手くいった。
「まさかドワーフ王が来るとは思わなかった」
「噂の領地の人間が、氷結山脈を越えてきた。その上今、酒場にいる。そこまで聞けばさすがに来るとも」
席に座り、周りから酒の入ったジョッキを受け取りながら笑うドワーフ王。この場が狙って作られたこともお見通しといった様子だ。
「さて、政治の話は無しにしよう。魔剣を折った件だ。本当なのか?」
「ああ、この杖を使った」
俺は杖を取り出し、ドワーフ王に渡す。なにも無い場所から杖が現れたことに周囲が驚きの声をあげるがドワーフ王は落ち着いて受け取った。
「……なにも無い場所から武器が出るとか恐いな」
落ち着いていなかった。小声で呟いている。
「ふむ……どう見る?」
自分で杖をいくらか触ってから、先ほどの鍛冶の老ドワーフへ見せる。老ドワーフが一瞬こちらを見たので、俺が頷くと彼はじっくりと杖の観察を始めた。
『そういえばこの杖、なにでできてるんですか?』
『ん? なんなんじゃろ。とりあえず頑丈で魔力を通すものを作ってみたんじゃが』
今更ながら気になったんで聞いてみたら、意外なほど大ざっぱな答えが返ってきた。
『何度も使ってますけど、金属でも木材でもないですよね、あの杖』
『うむ。強いて言えばワシの生み出した新素材じゃな。多分、世界に存在せん物質じゃ』
『それじゃあ、再現もできないじゃないですか……』
ドワーフ達がかわいそうだ。新素材の魔剣が作れるかもと期待に胸膨らませているだろうに。
『眷属じゃから特別ということじゃ。まあ、ドワーフ達も頑張れば新素材を作れるはずじゃよ。地竜でも目覚めればヒントをくれるじゃろう』
聖竜様以外の六大竜は休眠中でまず話せない。そもそもドワーフ達が地竜と接触する方法があるのだろうか。
「……わかりませぬ。これは金属でも植物でもない。まさしく魔法の代物です」
無念そうに鍛冶の老ドワーフが言いながら、杖を俺に返してきた。
「アルマス殿、今、瞳が金色に輝いていたな」
「聖竜様に聞いていた。どうやら、眷属のための特別製らしい。聖竜様にしか作れない物質だそうだ」
「そうか……残念だ」
「聖竜様が言うには、地竜と話せれば別の素材について教えてくれるかも知れないそうだ。ただ、今は眠っているし、どうすればドワーフが接触できるかもわからないが」
「それは本当か!? 古い文献に地竜様と話す方法がないか調べさせよう! これは面白くなってきたぞ!」
王の反応に色めき立つ周囲のドワーフ達。文官系らしい一部の者など酒場から出ていってしまった。行動に入るのが早い人々だ。
「しかし、凄まじい物を持っているのはわかったが、これで魔剣を折れたとはなかなか信じがたい」
「陛下。儂はここに来るまでにアルマス殿の力を垣間見ましたのじゃ。地形を変え、ゴーレムを自在に操り、その杖で岩を思うがまま砕く……」
「目の前で魔剣を折った姿を見たわけではなかろう」
魔剣の件を結構重大視しているようだ。
「同行しているマイアが折れた魔剣を大事に保管している。聖竜領にあると思うが、それを見るだけでは駄目か?」
以前俺が折った魔剣は、なんだかんだあって、マイアが自分の部屋に置いている。なんでも、そうすることで主君を戒められず、無駄に剣を振るった過去を忘れないようにしているそうだ。
「マイア……。帝国五剣の直弟子、マイア・マクレミックか! なるほど、彼女の魔剣を……」
少しだが、ドワーフ王は納得してくれたようだ。意外と有名人だな、マイア。もしかしたら、聖竜領で一番知名度のある人物かもしれない。
「ディリン、その剣は?」
「申し訳ありませぬ。儂はそれは見ておりませぬ」
「そうか。信憑性は高いが、やはり実際に見てみたい。ここは一本用意して実演を……」
「いや、ドワーフ王国の真ん中で、ドワーフの魔剣を折るという事態は避けたいんだが」
なんか怒る人が多そうだし、そういうのは避けたい。
「しかしだな、アルマス殿……。どうしても駄目か? 我は貴方の力を見たいんだ」
どうも、ドワーフ王は俺の力を確かめたいらしい。こうして普通に過ごしている限りは、俺は普通の人間にしか見えないからな。
「どうでしょう、王よ。ここはアルマス殿と酒で勝負をして、勝ったら魔剣の試し斬りをしてもらうというのは」
俺が対応を考えていると、ディリンが上手い具合に横から言ってくれた。一瞬だが、こちらを見てニヤリと笑った。これでわからせろと言うことか。
「我は構わないが、良いのか? 人間でドワーフに酒で勝てる者など聞いたことがない」
「アルマス殿が勝てば、ただ者でない証明になりましょう。無茶な勝負ではないようですじゃ」
その発言を聞いて、ドワーフ王が俺の方をじっと見つめてきた。
数十秒、俺を上から下まで観察した上で、口を開く。
「正直、酒が強そうな者には見えぬが」
俺もそう思う。人間だった時はそんなに飲めなかった。
せっかく作って貰った良い流れだ。乗らせてもらおう。
「酒はいいが、量はドワーフほど飲めない。できるだけ強い酒を持ってきてくれ」
事も無げに俺が言うと、ギオーグは実に楽しそうに顔を歪めた。
「ちょっと見物に来たつもりだったが。面白い夜になりそうだ」
すぐに指示が出され、酒の用意がされる。
その様子を見ながら、俺は静かに言った。
「お手柔らかに頼む」
数時間後。ドワーフ王ギオーグは杯を握ったまま、飲み過ぎでぶっ倒れた。
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