第194話「よし、これは行ける。昨年、暴れまくった帝国五剣に感謝だ。」

 ドワーフ王を納得させる必要がある。その件についての相談をするため、俺達とディリンは森の中にいた。

 森の中の畑を見つつ、人も来ないし話し合いにちょうど良いということで、俺の家が選ばれた形だ。


「つまりは、王が魔剣の打ち手を聖竜領にいることを許したという、建前が必要ほしいのですじゃ」


「どうしたって後付けになると思うんだが、それは問題ないのか?」


 リーラが淹れたお茶と持ち込んだお菓子を食べながら言うディリンに聞く。

 エルミアが聖竜領に来て一年以上たっている。さすがに『ドワーフ王国から友好の証として魔剣の打ち手を送り込まれた』という体裁を取るのは無理がある。


「この際、身内の恥は潔く認めて、新たに生まれた魔剣の打ち手をドワーフ王が認めた。それに足る理由を作れないかと思っておりますじゃ」


「ハリアの空輸が始まったことから、両国の友好の証として改めて居住を許可、というのは駄目なのでしょうか?」


 サンドラの言葉を聞いてディリンはゆっくりと首を振る。


「竜が飛来するようになることについて、ドワーフ王国内でも議論になっておるからのう。それはちょっと難しいと思いますのじゃ。空輸が始まって利益が出た後なら十分理由になるんじゃが……」


「ふむ……」


 つまり、これはドワーフ国王の面子の問題ということだろう。

 上手いこと王が納得できるような物事があり、エルミアが聖竜領にいることを公認してもらえばよい。……すでに散々活動した後で公認というのは変な話だが、国としての大事なことと聞くし、わからないでもない。


「今のドワーフ王、ギオーグといったか。どのような人物なのか聞いてもいいだろうか?」


 こういう時、まずは相手を知ることが肝要だ。幸い、目の前に有力な情報源がある。頼らない手はない。


「即位して十年ほどの若い王ですじゃ。年齢はまだ百十歳。ドワーフの伝統を重視する傾向がありますな。新しいことに興味はあれど、まだ治世が短いことから慎重ですじゃ」


「なかなか手強そうだな……」


 百十という年齢は人間だとありえないものだが、五百年以上生きるドワーフの中ではかなりの若手だ。それでいて、今の話から伝わってくる人物像は慎重派。王ということで政治的やり取りにも長けているだろうし、若くて手堅い性格の王という風に思える。


「そうはいってもドワーフですので、宴会やもてなしは大好きですじゃ。外国から来た方を盛大にもてなし、そこで仲良くなることもしばしば。……少々、飲み過ぎるきらいはありますのう」


 酒の場で友好を深めるタイプか。俺の得意な相手ではないな。


「ドワーフの宴はイグリア帝国のものとは違うので、わたしが上手くやるのは難しいかもしれないの」


 ドワーフの宴はパーティーというより宴会だからな。社交といった要素よりも飲み食いで大騒ぎになる。サンドラは不利だ。


「あなたはどんな筋書なら上手く治まると思う?」


 問われるが、ちょっとどんな方向でいけばわからない。力尽くでというわけにもいかないので、皇帝やサンドラの父などからの働きかけでどうにかするくらいしか思いつかないが……。


「ふむ……。聖竜領の領主か賢者、どちらかが王に気に入られる辺りが理想ですかのう。王に特別気に入られたゆえ、魔剣の打ち手の居住が認められたとか」


「俺達個人が王のお気に入りになるか……」


 ドワーフは友人と認めた相手には全力だ。魔剣の打ち手という国家の宝を預けるくらい気に入られたということになるのが一番いいのだろうが……。


「……一つ聞きたい。ドワーフ王は宴会好きということは酒好きということだな?」


「勿論ですじゃ。酒を嫌うドワーフはまずおりませぬ。賑やかな場で飲むなら尚更。ドワーフ王は酒量に置いても負け知らずですじゃ」


 ディリンのその言葉にサンドラとその横のリーラがピクリと動いた。俺の狙いに気づいたようだ。

 テーブル上で良い香りを放つ紅茶を軽く飲んでから、俺はゆっくりと話す。


「俺がドワーフ王と飲み比べで勝つという筋書きはどうだろうか?」


 その言葉にディリンがあからさまに動揺した。


「失礼ながら、聖竜様の眷属とはいえ、アルマス殿は元は人間。ドワーフより酒に強いようには見えませぬが……」


 ドワーフは皆酒豪だ。大抵の人間は勝負にすらならない。


「今の俺は人間ですらないよ。そうだな、量は飲めないから、ドワーフ王国で一番強い酒を用意して貰おう。それで飲み比べだ」


 あっさりと言うとディリンはじっと俺の方を見た。


「相当な自信があると見えますのう……」


「…………」


「…………」


 感心したように言うディリンとは対象的に、サンドラとリーラは微妙な顔をしていた。

 俺が聖竜様の眷属になった際に授けられた能力の一つ『絶対に酒に酔わない』の使い所だ。確実な手段があるから使うだけなのでずるではないと思う。


「サンドラ殿、どう思いますかな?」


「こう見えてアルマスはお酒にとても強いのです。おそらく、かなり良い勝負になるかと」


 核心部分をぼかしてサンドラが答えた。俺の作戦に乗ることにしたらしい。


「なるほど。良い勝負……。それは良いですな。上手くいかなくとも、王が讃えるような飲みっぷりを見せて友となった。考えてみれば、聖竜領の方から王に挨拶に行くというのがとても良いと思いますのじゃ」


「…………そうだな」


「いかがなされた、アルマス殿」


 ディリンの言葉の中であることに気づいたのが表情に出たのだろう。老ドワーフが心配げな目をして俺の方を見てきた。


「いや、ドワーフ王国に向かうことに異論はない。ないんだが……何日くらいかかるんだ?」


 通常の経路だとドワーフ王国は非常に遠い。帝国内を西に行ったあと二カ国ほど経由しなければならない。かつてない出張になる。……もうすぐアイノを目覚めさせるこの時期に。


「そうですのう。馬車を色々と用意して、王国内での歓待もありますし、二月くらいかかるかと」


「二月……」


 帰ってくるのは秋の終わりだ。長すぎる。というか、アイノを復活させる魔法の準備ができない。


「距離だけで言えばここを北上して氷結山脈を抜けられればすぐなんですがのう」


「それだ」


 ディリンが笑顔で言った冗談に俺はすぐに反応した。そして聖竜様に声をかける。


『聖竜様、氷結山脈の魔物はどんな感じですか?』


『お主……手段を選ばんつもりじゃな』


『さすがに二月は長すぎるので。なんなら俺がディリンを護衛して二人ならいけるでしょう』


『まあ、そうじゃろうな。……喜ぶがいいのじゃ、昨年聖竜領に来た観光客が大暴れしたおかげで、この辺りの魔物は殆ど標高の高いところに避難しておる。お主がいればドワーフ王国まで魔物と遭遇せんでいけるじゃろう』


『ありがとうございます』


 よし、これは行ける。昨年、暴れまくった帝国五剣に感謝だ。


「アルマス、聖竜様と何を話していたの? まさか……」


「氷結山脈の状況を聞いていた。今は魔物が減っているそうだ」


 サンドラの疑問に頷きつつ、俺は端的に答えを伝えつつ、話を続けた。


「氷結山脈を越えて、ドワーフ王国へ行こう」


 この発言に一番驚いたのはディリンだった。

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