第193話「なるほど。ちゃんと政治的な理由もあったか。」

 聖竜領の広場。聖竜様の石像がある祠。

 俺達はそこにドワーフ王国の使者、ディリンと共にいた。

 聖竜領に来たので、是非とも聖竜様へ挨拶をしたいという申し出があったためである。


「食べ物が喜ばれると聞いたので、ここに来るまでに買った菓子とかを持って来たんじゃが。大丈夫じゃろうか」


「聖竜様は甘い物が好きだから問題ないと思う。喜ばれるだろう」


 心配そうに聞いてきたディリンにそう答える。皇帝あたりから聞いたんだろうか。そのうちこの石像に大量の食材が供えられる日が来るような気がする。


「では、早速……」


 ディリンが自分の胸くらいまである大きな箱を供えると、すぐに石像が光った。


「おおっ。噂通りじゃ……」


 自分の供えた菓子が消えて感動するディリン。

 俺はそれを見ながら聖竜様に話しかける。


『すでにご存じかと思いますが、ドワーフ王国からの客人です』


『うむ。把握しておるよ。……箱の中身はイグリア帝国で作られた菓子じゃのう。移動距離を考えると仕方ないんじゃが、そのうちドワーフ王国の名物も食べてみたいもんじゃ』


『意外とこだわるんですね』


『数少ない楽しみじゃからな。む、見慣れないものがあるのう。日持ちしそうだから、帝国中部辺りのものかもしれん』


 なんだか楽しそうな聖竜様の声が聞こえてくる。なんだかんだ言いつつ喜んでくれたようだ。


「聖竜様は大変お喜びだ。わざわざ気を使ってもらったこと、眷属として感謝する。ドワーフ王国のディリンよ」


 聖竜様が喜んでいるのは良いことなので、俺も礼を言っておく。


「それは良かったですじゃ。しかし本当に目が金色になるんですのう。まさか、六大竜に関わる方にお会いすることができるとは、貴重な経験じゃ」


 なんだかディリンはしみじみとそう語っていた。


「さて、この後ですが、いかが致しますか? 夕食ができるまでまだ時間がありますから、領内の案内を致しますが」


「実は昨日の夜に来て軽く見回らせてもらったのですじゃ。そうじゃな、お願いできるなら、森の方を軽く案内して貰えると嬉しいのう。その前に……」


 サンドラからの問いかけに答えつつ、ディリンは顔を横に動かした。

 彼の視線の先にいるのはエルミアだ。彼女は俺達一行の片隅で静かに様子を見守っていた。

「エルミアよ。考えは変わらんのじゃな。なんなら時間を設けても良いのじゃぞ」


「……あ、あだじはここで仕事をしたいですだ。今はここが故郷だと思ってるですし……だから、考えは変わらない……ですだよ。ディリン様」


 緊張をはらんでいるが、いつもより意志の籠もった、この場の全員にしっかりと聞こえる声でエルミアは言った。


 ドワーフ王国にとって魔剣を打てるドワーフは貴重である。そして、国外で急に魔剣を鍛造できるようになったエルミアは非常に例外的な存在らしい。


 どうもその処遇について、ドワーフ王国側でちょっと問題になっているそうだ。

 本来なら魔剣が打てるドワーフ鍛冶師は外交の一環として友好の証とかそれなりの理由をつけて派遣されるもので、王国内でも特別扱いされなければいけないとのこと。

 それが伝統で、ドワーフは伝統を重んずる種族だ。


 聖竜領で鍛冶をするうちに魔剣を作れるようになったエルミアをどう扱うか、ディリンはそれを見極める役割も持たされていた。


「…………ふむ」


 広場に沈黙が満ちる。普段は前髪に隠れて見えないエルミアの瞳は真っ直ぐにディリンを射貫いている。


「……良かろう。儂の方で上手く片づけておこう」


 一瞬目を閉じた後、優しい老人そのものといった顔つきになったディリンはそう言った。


「良いのですか?」

 

 横のサンドラが問いかける。ちなみにその言葉を聞いたエルミアは放心状態だ。あまりにも自分に都合が良すぎる言葉にびっくりしたらしい。


「んー、まあ、ご存じかと思うんじゃが。そもそもエルミアの王国内での待遇に問題があったことがわかっておっての。今更戻すのは都合が良すぎると儂は思っておるんじゃよ」


 エルミアはドワーフ王国内で鍛冶の仕事をしている時、酷い扱いを受けていたと聞く。本人も、友人であるドーレスも話さないが、面白い話でないのは確かだ。


「調べたのか?」 


「もちろんじゃとも。各国を回る儂にとって情報こそ最強の武器よ。……色々と公(おおやけ)になって、エルミアが元いた工房は白い目で見られるわ、弟子が次々と出ていくわ、喧嘩を始めるわで大変なことになっておるよ」


「……そ、そんなことになってたですか。とんだご迷惑を」


 話を聞いたエルミアが驚きに目を見開く。ここでいい気味だと言わない辺りに、彼女の優しさが滲み出ている。


 ディリンはエルミアの前まで歩み寄ると、軽く頭を下げた。


「許してくれとは言わぬ。つまらぬ理由で才能ある者に槌を振るわせなかった王国の恥じゃ。この件については、お主の意志を尊重させたいというのが儂を始めとした側近の大体の意見じゃ」


「あ、ありがとうござますだ……」


 ディリンの話し方も、振る舞いも、非常に優しく丁寧なものだった。仕事だけでなく、本心からの言葉だからだろう。

 エルミアは涙を浮かべて何度も礼を言う。


「すでにある程度話はまとまっていたのだな」


「うむ。ドワーフ王国の重鎮は大体意見まとまっておる。それに、魔剣鍛冶一人のためにイグリア帝国に喧嘩を売るわけにもいかん」


 なるほど。ちゃんと政治的な理由もあったか。


「ただ、問題もあるのじゃ。一人の人物を納得させねばならん」


「一人か?」


 ドワーフ王国の重鎮が納得させなければならないたった一人の人物。

 なんとなく、想像がつくぞ。


「うむ。若きドワーフ王ギオーグ。彼を納得させる理由が必要なのじゃ。……正直、その手段について聖竜様の眷属と聖竜領の領主殿に相談したいと思っておる」


 俺の想像通りの名前を告げつつ、ディリンは申し訳なさそうに本音を語ってくれた。

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