第192話「それで彼女の仕事ぶりを見抜くとはさすがといったところか。」

 ディリンと名乗った老ドワーフはエルミアの言うとおりドワーフ王国の重鎮らしい。

 本人の語るところによると、役職としては相談役。旅慣れていることもあり、ドワーフ王国外に出る必要がある出来事がある際には任されることが多いそうだ。


 そんなようなことを俺はエルミアとディリンの二人から屋敷へ向かう道すがら聞いたのだった。


「ようこそおいでくださいました。ディリン様。聖竜領の領主、サンドラ・エクセリオです」


 そして今、領主の屋敷の食堂でディリンは出迎えられていた。

 俺の隣には微妙に小刻みに震えているエルミアが座っている。多少は落ち着いたようだが、まだ動揺は続いている。


 ディリンが名乗った後、エルミアの様子を見た俺はすぐに二人を屋敷に招くことにした。 ドワーフ王国からの客人なら相応の対応をすべきという判断だ。そもそも、俺とエルミアの二人では対処しきれる気がしない。

 

 屋敷に向かう途中、畑仕事を手伝っていたメイドを見かけたので伝言を頼んでおいたら、既にお茶の準備が整えられていた。事前の準備のおかげだな。


「これはご丁寧に。連絡も寄越していないのにこのような歓迎、感謝致します……」


 そう言うとディリンは手元の焼き菓子に手を付けた。


「うむ。うまい。実はここの領主の所には腕の良い料理人がいると聞いておりましてな。楽しみにしておったのですじゃ」


 にこにこと実に美味しそうに老ドワーフは次々と焼き菓子を口に運ぶ。その様子に親しみやすい印象を受ける。計算しての態度だろうか。


「……噂通りですだ。ディリン様は王国の外で食べ歩くのが好きで、遠出することがあれば美味しい店を教えてくれると聞いたことがあるですだ」


 どうやら、計算ではなく素らしい。

 エルミアの言葉に頷きつつ、しっかり焼き菓子を食べ尽くしたディリンが口を開く。


「儂は若い頃から王国の外に出るのが好きでしてな。そのうち知らない地域を訪れて、その地の名物を食するのが大好きになったのですじゃよ。……ドワーフの食生活というのは何百年も変わらないので王国内の食事は退屈で退屈で……」


 しみじみとした口調で語るディレン。ドワーフは年を重ねるほど頑固になっていくという。地下を掘り進んで作られているドワーフ王国に住んでいる場合、変化を嫌って何年も外に出ない老人も珍しくないと本で読んだことがある。

 そういった基準で考えると、彼はなかなかの変わり者なのだろう。


「この後、噂の料理人が用意した夕食待っています。是非泊まっていってください。実は、わたしもディリン様の噂を聞いたことがあるのです。非常に柔軟で、ドワーフ王国では交渉役を任されることが多いとか」


 サンドラの言葉を聞くと、ディレンは長く白い髭を撫でながら笑みを浮かべた。


「よく知っていらっしゃる。さすがは魔法伯の娘さんじゃ。隠すようなことではないので、はっきりと言うが、今回儂がここに来たのは聖竜領の様子を見て、いくつか交渉するためじゃ」


 緊張感もなく、余裕の表情のディレン。多くの場数を踏んだ者だけが持つ強者の気配がある。交渉の目的次第だが、場合によっては苦労するかもしれないな。


「ディレン様の目には、この地はどのように映りましたか?」


「大変良い場所じゃ。豊かな大地に水、食事も美味く、面白いものが沢山ある。王国の近く、魔境と呼ばれた禁断の地がこのような姿だとは想像もしておらんかった」


 まあ、昔は魔物やら何やらが沢山いて魔境そのものだったわけだが、あえてそれは言わない。大事なのは今だ。


「儂個人としては気に入った。交通の便さえ良ければたまに来たいくらいじゃ。それも、交渉の進み方次第になるわけじゃが……」


 そう言ってディリンはエルミアの方を見た。思わず身をすくめる彼女を見て笑みを浮かべる。


「そも怯えなくてもよい。それほど難しい話しはせんよ。そもそも、ドワーフ王国がイグリア帝国と険悪な関係になっても良いことはないわけじゃしな」


「ドワーフ王国とイグリア帝国の皇帝で話し合いがあったと聞いているが、その件かな?」

 

 俺の言葉にディレンが頷く。


「ここにいる者は知っているじゃろうが。イグリア帝国とドワーフ王国で竜を使って空輸便を作りたいという話があった。今日、現物を見させてもらった感じじゃと、儂は良いのではないかと思う。王国的にも問題なさそうじゃったら許可する方針じゃ。途中の関税無しでイグリア帝国に輸出できるのは大きいし、珍しい品が入るのも歓迎じゃ」


 意外な言葉だ。サンドラもそうだったらしく、目を見開いている。


「竜が飛んでくるなんて嫌がるかと思っていたんだが……」


「儂らのドワーフ王国は地竜様に土地を世話してもらったという伝説がありますのじゃ。六大竜ならば、敬意をもって迎えるべきじゃと年寄りが言いましてな」


 それに、聖竜領で何年も共存している実績も大きいと、ディレンは笑いながら付け加えた。

「もちろん、さっき言ったように商売の話もありますじゃ。見た感じ、領内に大商会の支店もあるようじゃし、そちらも問題なし」


 現状、聖竜領からドワーフ王国に行くにはイグリア帝国中部まで行って北上、そこから東に二カ国ほど経由しなければならない。商売なら関税もかかるし、道や天候や魔物など危険も多い

 ハリアの空輸は北へ真っ直ぐ飛ぶだけなので大きな存在となるだろう。


「ドワーフ王国の発着場の問題などもありますが、話が進みそうで良かったです。父にもそう報告できますし」


 サンドラがあえて父の名を出したのはわざとだろう。自分には後ろ盾がいるというアピールだ。


「ただ、一つ問題がある」


 そう言うとディレンはエルミアに視線を向けた。その眼差しは真剣だが、どことなく気遣うような気配がのぞいている。


「ドワーフ王国の外で魔剣の打ち手が現れた。実はこれが、ちと問題になっておってのう」


「彼女は聖竜領の大切な鍛冶師なのですが……」


「うむ。承知しておる。軽く仕事場を見させてもらったが、この地の仕事を良く受けておるし、丁寧な仕事じゃった」


 その言葉を聞いて、エルミアが軽く涙ぐんだ。小さく「ほ、ほめられたですだ」と言っている。嬉しかったらしい。


 ディリンがエルミアの工房の中を見たのは一瞬とは言わないが短時間だ。それで彼女の仕事ぶりを見抜くとはさすがといったところか。


「魔剣の打ち手エルミア。彼女をどうするか、ちと相談をさせてほしいのじゃ」


 リーラが持って来たおかわりの焼き菓子を受け取りながら、ディリンは困ったようにそう言った。

 

 さすがにすんなりと話が通るわけではないようだ。

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