第191話「知り合いの声を聞いて安心したのかエルミアが顔をあげた、どういうわけか涙目だ。」
南部の開発が進んだ関係か湖にいることが増えたハリアだが、空輸の仕事は変わらずやっている。レール馬車のおかげで領内への輸送効率は増えたが、それ以上に開発が激しいことも関係しているだろう。
そんなハリアの発着場だが、徐々に知名度が増えてちょっとした観光地になっている。空飛ぶ竜の現物など、イグリア帝国どころか世界でここくらいしか安全に見ることはできないだろう。考えてみれば当然の結果だ。
「はーい! そのままそのままー!」
手伝いの農家の男性の叫び声にあわせてゆっくりとハリアが降下してくる。
周囲には見物人が五人ほどいて、大きくなったハリアを見て軽く呻き声をあげた。害意はないとわかっていても、現物の竜は威圧感がすごい。
今年の春と比べると聖竜領を訪れる人は明らかに増えている。
今はただの草原を広場にしただけのこの発着場だが、柵を設けるなどしてちゃんとした設備にした方が良いだろう。
『今思ったんですが、このままここが観光名所になったら、ハリアのグッズとか作られるかもしれないですね』
『なんじゃとっ。ワシを差し置いて……』
思いついたことを話したら聖竜様が想像以上に反応した。
『ハリアは実際に会って話もできますし、なんなら抱くこともできますからね。需要があると思うんですが』
案外、サンドラとダニー・ダンはすでに気づいて何か企画しているかもしれない。その辺り抜かりはない人々だ。
『むう……。せっかくワシの名前がついている領地なんじゃし、なんかこう、名物の一つくらいになっておきたいのう』
『意外とこだわりますね……』
軽い雑談くらいの感覚で言ってみたのだが、聖竜様はなにやらブツブツ言っていた。俺の頭の中で。もしハリア関連の商品を作ることになったら、聖竜様の分も用意してもらおう。後で色々言われそうだ。
『聖竜様の石像も観光地になると思いますよ。お供えすると消えたりしますし』
『む。これはグッズ化まったなしじゃな』
よし、機嫌を良くしてくれた。実際、聖竜様を模した護符みたいなのを一緒に売れば人気が出ると思う。効果のほどは保証できないが。
『……今日もドワーフがいますね』
『うむ。ほぼ毎日見かけるのう』
ハリアの発着を見守る人々の中にドワーフが一人混じっていた。白く長い髭をたくわえた、貫禄ある老ドワーフだ。竜の現物を見て驚きに目を見開いてはいるが、どことなく落ち着きを感じる。
ドワーフ王国側で何らかの動きがあるのは承知しているので聖竜領内では既に準備は進んでいる。ドワーフはもてなし好きの宴会好きだ。トゥルーズはいつでも歓迎の料理が作れるように整えてくれている。
『準備はしてあります。ドワーフ王国の要人が来たら聖竜領なりのやりかたで歓迎できるでしょう』
『うむ。頼もしい事じゃ。美味しいものがあったらワシにも分けてくれ』
『もちろんです』
聖竜様とそんないつもの会話をしつつ、着陸したハリアの荷物を降ろすため、俺は発着場に向かった。
○○○
ハリアの空輸の手伝いを追えた俺はスティーナの工房に来ていた。前を通ったら休憩している護衛の二人、ゼッテルとビリエルが目に入ったからだ。
「二人ともなにを作っているんだ?」
工房全体が休憩時間でゆっくりとした時間が流れる中、二人は雑談しながら何やら木製の小さな細工を作っていた。
「農家の子供用の玩具っす」
「小さな子が多いから、練習も兼ねて余った木材とかでたまに作るっす」
それぞれが工具を器用に使い、木材を削っていく。見れば周囲には綺麗に整えられた積み木が箱に入っていた。箱も含めて、彼らの作品だろう。
「さすが、慣れたものだな」
「ここに来てからずっとやってますから」
二人とも今では大工の仕事がすっかり板について、護衛だったのは過去の話になりつつある。
「そのうちおっきな遊具とかも作りたいっすねぇー」
「親方の仕事量を見ると無理そうなのがなぁ」
「この工房はしばらく忙しいだろうから、人が増えて多少は余裕ができるだろう。そうしてら話しを切り出すといい」
サンドラも手を打っているはずだ。領民が過労状態なのを置いておくわけにはいかないのを理解している。
「すいません。少しお尋ねしたいのですが」
のんびり話しているとそんな風に声をかけられた。
声の方を見れば老ドワーフが一人、工房の入り口に立っていた。先ほど、ハリアの発着場にいた人物だ。
「鍛冶場を探しているのですが、どちらになるでしょう?」
振り向いた俺達を見て、見た目通りの年齢を感じさせる落ち着いた声音で、老ドワーフは言う。
「鍛冶場なら村はずれだな。先ほどの発着場の少し向こうにあるよ。あそこから細い道が続いている」
「わかりにくいようでしたらご案内するっすよ」
俺に続いてビリエルがそう言った。親切な男である。仕事が忙しいようだから、案内くらい俺がしてもいいのだが。
「いえ、ご心配なく。あちらでしたか、この村にドワーフ鍛冶がいると聞いて興味があったもので」
「少し人見知りはするが、良い鍛冶師だよ。優しく対応してやってくれ」
「なるほど。良いことを聞きました」
一言そう沿えると、老ドワーフは礼を言って去って行った。
「…………」
「…………どう思う?」
誰も居なくなった工房入り口を眺めた後、俺は元護衛の二人に聞いた。
「ドワーフさんがエルミアさんの工房に行くのは珍しいことじゃないっすけど、なんか気になるっすね」
「いつも見るドワーフさんより、なんというか、身なりが良い気がしました」
「やはりそうか……」
実は俺も気になっていた。今話した老ドワーフ、旅慣れた様子で使い込んだ服を身につけていたのだが、それが結構上等なものに見えたのだ。
そもそも、年老いたドワーフが旅をするというのが珍しい。だいたい年月を重ねるにつけてドワーフというのは居住地から出なくなるものだ。
「ちょっと様子を見てくる」
「了解っす」
「お気を付けて」
二人に見送られて、俺はゆっくりとエルミアの鍛冶場に向かった。
ドワーフの歩みは遅い。工房を出て歩く老ドワーフを発見した俺は気づかれない距離をついていった。ただの観光客もあるし、今更一緒に案内しても不審に思われるかもしれない。
領内を歩き、村はずれとも言えるエルミアの鍛冶場に到着すると、老ドワーフはドアをノック。俺はその辺りの茂みに隠れて観察だ。
ノックに導かれるように、エルミアが顔を出した。
「はい。どちらさまでしょう……ひええええええ!」
ドアを開けた瞬間、エルミアが悲鳴を上げてその場に座り込んだ。
「むおっ! なんじゃ! 大丈夫かお主!」
「ひ、ひええぇぇぇ」
老ドワーフの顔を見たエルミアはその場で頭を抱えて呻き声をあげはじめた。
「しっかりせいっ。なにもせんよ……。むう、どうしたものか……」
いきなりのことに老ドワーフが困りだしたので出ていくことにする。
「あー、気になって様子を見に来たんだが。エルミア、落ち着け。アルマスだ、俺がいる」
近くによって軽く声をかけてやる。
「……あ、アルマス様……」
知り合いの声を聞いて安心したのかエルミアが顔をあげた、どういうわけか涙目だ。
「失礼した、ドワーフのお客人。この鍛冶師は人見知りなりに少しは慣れてきたんだが……」
「いや、それも仕方ないことじゃろうて。驚かせてすまんかったな」
軽く息を吐くと、老ドワーフは俺とエルミアに向かって言う。
「ワシはディリン。ドワーフ王国よりの使いじゃ」
「や、やっぱり本物のディリン様ですだ……。王様の右腕とも呼ばれているあの……」
エルミアの発言にディリンは静かに頷く。
「まあ、そんな感じの者じゃ。聖竜領の賢者アルマス殿、こんな挨拶ですまぬが、色々と話しをさせてくれんかのう」
恐縮して軽く震えるエルミアに戸惑いながら、ドワーフ王国からの使いを名乗る老ドワーフはそう言ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます