第190話「こう見えて貯蓄は結構ある。」

 ロイ先生と一緒に南部の作業を手伝っているうちに昼になった。魔法使いは何かと便利な存在だし、ロイ先生は工事の全容を把握している。聖竜領に来てから土木関係の知識が深まったようで頼れる存在なのだ。


 そんなわけで昼食の時間が近づいて、職人達と道ばたに作られた休憩所に座っていると、馬車がやってきた。


「お待たせしましたー。お昼ご飯到着ですよー」


 昼食を運んでやってきた荷馬車に乗っていたのはドーレスだった。


「どうしてここに? クアリアの仕事はいいのか?」


 彼女は普段、クアリアにあるダン商会の支店で働いている。多くの旅人を受け入れる能力の無い聖竜領に変わって、クアリアで商取引をする役割を負っていてそれなりに忙しいはずだ。


「今日はこちらで商会長と打ち合わせです。それに、クアリア支店の方も多少は人に任せられるようになってきたです」


 笑顔でそう言うと元旅商人のドワーフは馬車の荷台へと向かっていった。


「それはわかったが、南部まで来るのは珍しいだろう?」


「たまたま店でサンドラ様に会いましたです。冬に向けて妹さんのお帰りを気にかけていたと聞いたですので、ちょっとお話をと思いましたです」


 ぴょこんと荷台から顔を出すと、ドーレスはそんなことを言った。


「俺のためにわざわざここまで来たのか」


「勿論です。アルマス様はダン商会の大事な取引相手。その上、あてくしの命の恩人ですから。っと、先にお昼ご飯ですね。皆さん、今日はトゥルーズさん考案の体力回復のミートパイですよー」


 ドーレスが荷台からミートパイの満載された籠を出すと職人達が歓声をあげて馬車に向かってきた。とりあえず、それを避けて道を空ける。彼らも腹が減っているのに俺に気を使って黙っていてくれたのだ。


「このミートパイ、味だけでなく、本当に元気が出るのが凄いですよね」


「ここで作られた薬草やハーブが使われているからな。それに料理人の腕がいい」


 俺とロイ先生もミートパイを貰い、近くにあった丸太に腰掛ける。

 多少日持ちするようにパイ部分を堅めに焼かれたミートパイはとても美味しく、効果は抜群だ。人気商品であり、最近は旅人相手にも販売しだしたほどである。


「実はこれ、噂になっていてクアリアでも売れないかと問い合わせがあるんですよー。材料の関係でちょっと難しいのが残念です」


 食事の配布が終わったドーレスもミートパイを手に俺達のところにやって来た。


「聖竜領で採れたハーブ類でなければ効果は出ませんし、エルフ達が栽培している植物も少量入っているそうですから」


「希少品すぎますです」


 ロイ先生に説明を受けてそう呟きつつ、ドーレスはパイを美味しそうに頬張った。


「それで冬に向けてとなると、アイノ……妹絡みか」


「はいです。でもその前にドワーフ王国の話があるです」


 なるほど。わざわざ南部まで馬車に乗ってきたのは相応の理由があったわけだ。聖竜領に来ているなら手紙でなく直接話す方が早いとなったのだろう。


 食事の手を休めるとドーレスは真剣な顔で語り始める。


「話と言っても大した情報は持ってないです。夏頃に皇帝陛下がドワーフ王国を訪問したこと、聖竜領との直接輸送の話が出たこと、それらがあってドワーフ達が聖竜領に注目してるです」


「エルミアについてはどうなんだ?」


 問いかけに対してドーレスは首を横に振った。


「クアリアの聖竜領事務所やダン商会支店でもエルミアについての問い合わせは無かったです。魔剣を作れる鍛冶師のことはドワーフ王国でも最重要なことなので、ドワーフ王と一部の側近で話が止まっているのかもです」


 あてくしはただの商人なんで想像ですけれど、とドーレスは最後に付け足した。


「そうすると。そのうちドワーフ王国の重鎮がここを訪れるか」


「はいです。エルミアのこと、ハリアさんのこと。どちらも国家にとって大切なことですから。しっかりした方が送られてくると思うです」


「ありがとう。ドワーフからの分析は参考になる。サンドラも今後のことを考えやすいだろう」


 ダン商会で会ったということは同じことがサンドラに伝わっているはずだ。どんな備えができるかはわからないが、身構えることくらいはできる。


「あてくしも何か気になったらすぐ連絡するです。……ドワーフ王国の話は終わりで、後はクアリア側の仕事の話です。獣避けのポプリの需要が増えてるです。それと、アルマス様、シュルビア様にお守りを作ってあげたですか?」


「作ったが、それがどうかしたか?」


 少し前に俺なりに手仕事をしてサンドラとシュルビアに護符のようなものを渡したことがある。特に魔法も仕込んでいない気休めの品なのだが。


「噂になってるです。聖竜領の賢者が作ったお守りを持っていると幸運になるとかで。実際、シュルビア様はアルマス様に会ってから元気になったし、この領地は発展してるしでよく聞かれるです」


「知ってのとおり、俺は不器用だから量産するのは無理だ」


「知ってるです。でも、販売は無理でも貴人相手の取引に使えるかもしれないです」


「それほどの噂か……」


 ちょっと考えてしまう。実際の効果はともかく、噂が大きくなれば欲しがる人は増えるだろう。いつの時代もこの手の護符などを求める人々は多い。俺の手作りならば数も少なく、希少品となり、価値もあがるだろう。


「……お守り、ですか」


 ぽつりと俺の方を見ながら横のロイ先生が言った。多分、アリアに渡せないか考えたのだろう。そういう顔をしていた。


「……わかった。冬になれば時間ができるはずだ。いくつか作ってみるよ」


「ありがとうです。あ、でもどうせなら最初は聖竜領の皆さんに配ってくださいね。最初からいる皆さんこそ持っていて欲しいです」


 ドーレスも商売一辺倒のドワーフというわけではないようだ。その言葉も表情にも聖竜領の人々への気遣いが現れていた。


「そうだな。まずは皆の分を作らないとな」


「はいです。それでは最後、妹さんが帰ってきたときの日用品についてですが……」


 言葉と共にどうやって保管していたのか書類の山を取り出すドーレス。

 そこには家具や食器など日用品の絵と説明が描かれていた。


「さあ、妹さんのため、快適な環境を揃えましょうね!」


 そう言って俺の方を真っ直ぐ見る彼女は完全に商売人の目をしていた。

 ここぞとばかりに色々買わせる腹づもりだな。

 だが、アイノのためならそれもまた良しだ。


「この資料を見た上で、今度クアリアに行くよ。そこでゆっくり話そう」


 こう見えて貯蓄は結構ある。今度の冬はそれなりの出費をする覚悟で俺はそう言った。

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