第189話「なんとか力になってやりたい。なりたいが、問題がある。」

 聖竜様の杖に魔力を込める。対象は目の前の輝く魔法陣。聖竜領の各地に用意したゴーレム製造用の魔法陣に魔力を供給する俺だけにしか使えない魔法だ。

 杖から輝く魔力が迸り、魔法陣が輝く。周囲に配置されたゴーレム製造用の魔法陣が起動して、岩が人型へと変化する。

 見ることはできないが、他の場所でもゴーレムが起動しているはずだ。


「これだけか。少なくなったな」


「工事も大詰めですからね。大がかりなことをするゴーレムを大量生産することはしばらくないでしょう」


 言いながらロイ先生が確認するゴーレムは小柄なものばかりだ。どれも腕が細長かったり指があったりと細かい作業をする役割を持たされている。主に街道にレールを埋める作業をするためのものだ。


「このままいけば冬に地面が凍り付く前にレールの敷設は終わるな。春からは本格的に別荘地の建設か……」


「クアリアの職人達とリリアさんの計画書を見たんですが、今年ほどの忙しさにはならないと思いますよ。手間暇をかけてじっくり作ることになるはずです」


 リリアは南部を見ながら別荘地の計画を練っている。今あるのは最初の下地を作るような計画で、細かいところは年々できていくそうだ。完成までそれなりの時間が掛かる、ハーフエルフらしい時間を贅沢に使った仕事だ。


「それは助かるな。今年のような忙しさは勘弁願いたい」


「同感ですね。さすがに疲れました」


 そう言うとロイ先生は空を見上げた。方向は北西。聖竜領の畑がある方だ。

 そちらの空の下では収穫の時期が近づいた畑でアリアが一生懸命働いている。

 

「とはいえ、スティーナ達は冬もずっと忙しいだろうが……」


「あちらは大変ですよね……」


 スティーナ工房の大工達とクアリアの職人達はリリアの別荘地用の資材を冬の間も作り続けることになる。今より仕事は減るが、忙しいことには変わりは無い。差し入れだけでなく、本格的な人の増員が必要な気もする。


「領地経営の先行きが明るいのは良いことだが、人手不足は問題だな」


「サンドラ様が方々に働きかけているようですよ。お父上や第二副帝様などですね」


「それは期待できそうだな」


 今更ながらサンドラが父親と和解できたのは良いことだと思う。遠い帝都から公私両面で彼女を支えてくれるだろう。ちょっと問題はあるが、悪い父親ではないのだ。


「……ところでアルマス様、相談があるのですが」


「なにか問題でもあるのか?」


「冬にアリアさんとどこかに出かけようと思うのですが……」


「ほう……」


 ロイ先生の突然の話題転換とその後の発言に、俺はそう一言返すのがやっとだった。

 ついに来たか。人間関係に疎い俺でもわかる、これは二人の関係に何らかの進展があったということだ。

 そして、俺はその件について相談されている。賢者としての意見を求められている……。


「冬になれば僕もアリアさんも仕事に余裕ができるという話をしていたら、なんとなくそういう話になりまして……」


 照れ気味に言うロイ先生。嬉しそうだ。なんとか力になってやりたい。なりたいが、問題がある。


「なにか良い場所を紹介したいんだが、俺もこの辺りに詳しくないのがな……」


 そうなのである。俺は基本的に聖竜領から動かない。たまにクアリアに行ってもマノン達がいる事務所と領主の館、それと常連になっている本屋など決まった場所に行って帰ることが多い。

 残念ながら、アリアを連れて行って喜びそうな場所や店は知らないのである。


 そういう物理的な事情とは別に、年長者としてのアドバイスをするという手もあるだろう。 たしかに俺はもう四五十年以上生きているが、その九割以上を森の中で孤独に過ごしてきた。聖竜様の眷属になる前の二十年程度の人生に至っては殆ど戦争をやっていた。

 手詰まりだ。堅固な砦を攻略ならともかく、女性の攻略法の知識は持っていない。


 さて、どうしたものか。


「アルマス様、もしかして悩んでいますか?」


 俺が沈黙しているのが気になったのだろう。ロイ先生が心配顔で言ってきた。

 ロイ先生には世話になっていることだし何かしてやりたいのだが……。


「知ってのとおり、俺は長く生きてはいるが、ここ以外の事情に詳しくない。人間時代もその手のことで豊富な経験があるわけでもない」


 とりあえず正直に言ってみた。ロイ先生がちょっとだけ申し訳なさそうな顔をした。こちらが申し訳ない。


「ただ、アリアとはもうそれなりの付き合いがある。多分、ロイ先生と行くならどこにいっても楽しむと思うのだが」


「アリアさんはそういう人ですからね。でも、せっかくの機会ですから」


 俺の所感に同意しつつもロイ先生は微妙な反応を帰してきた。どうやら彼なりに甲斐性を見せたいらしい。


「……たしか、クアリアには実験農場があったはずだ。そういうところに連れて行くと喜ぶかもしれない」


 自分の乏しい知識からどうにか絞り出したのがそれだった。


「なるほど。それは良いかもしれないですね」


「いや、せっかくの休みにまで仕事の話をするのは嫌かもしれん。……いっそ二人でどこに行くか話し合った方がいいんじゃないか? 最初からそういう話に聞こえたし」


 話していて気づいた。多分これはロイ先生が一方的に何か決めておく必要のないやつだ。二人で計画を立てたりして楽しく出かければいい。


「……そういえばアリアさん、『今度話し合いましょうねー』と言ってました」


 やはりか。


「冬までまだ時間もあることだし、二人でよく話し合うといい」


「ありがとうございます、アルマス様。なんだかすっきりしました」


 言葉通りスッキリした顔をしたロイ先生にお礼を言われた。


『なんじゃ、無難なところに落ち着いたのう』


『ずっと聞いていたなら助言の一つもしてください』


『いや、ワシそういうのよくわからんし』


 素っ気なく言う俺の上司は、まちがいなくこの状況を一番楽しんでいた。

 

 ともあれ、冬に向けて色々あるのは、俺だけではないようだ。

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