第195話「それなりにこの手の行軍は経験している。」
「以上のように氷結山脈を越えるというのは前例があるのです」
聖竜領、領主の館。食堂の机と椅子を並べ替えて作られた即席の会議室の中で、サンドラはディリンに対して説明をしていた。
俺が言い出したドワーフ王国への経路、氷結山脈越え。それを実行する上でまず必要なのはディリンへの説得だ。彼が同行を了承しなければ、俺達がドワーフ王国へ行く意味がない。
「むぅ、まさか、ドワーフが氷結山脈を越えてこちらに到達していたとは……」
サンドラが話したのは三年前にドーレスが強引に氷結山脈を越えてこの聖竜領に到着した時のことだ。彼女の運が良かったというのがあるとはいえ、前例があるというのは話しやすい。
「氷結山脈の魔物はここ二年でかなり討伐されている。危険性は大分減っていると言えるだろう。聖竜様が言うには標高の高いところへ移動している傾向があるそうだ」
「加えて、アルマス様が同行すれば大抵の魔物は寄ってこないでしょう」
そう付け加えたのはエルフ村から急遽呼び出されたルゼだ。彼女は氷結山脈越えの話を聞いた瞬間から目を輝かせている。聖竜領の北側は地図作りで立ち入ることを禁じていたので、既にやる気だ。
「もし魔物が寄ってきても、私達がいれば問題ありません!」
気合いの乗った声で豪語したのはマイアである。彼女の同行も必要だろうと思われたので、同席して貰った。ルゼと同じく既にかなりやる気だ。
「……なるほど。帝国五剣の元直弟子。戦力的には十分ですな。しかし……」
「イグリア帝国として、わたし達が直接ドワーフ王国に赴くことが問題にならないかを気にしているのですね?」
納得する様子を見せつつも返事をしぶるディリンを見て、サンドラが問いかけた。
「左様。皇帝や副帝からの信任厚いとはいえ、直接ドワーフ王と交渉に赴いていいものか。他人事ではありますが、気になりますのじゃ」
小さな地方領主が国家間の交渉に勝手に加わり立場が悪くならないか。ディリンはそんな風に聖竜領のことを心配してくれているようだ。本当に人の良いドワーフだ。いや、ドワーフ王国とイグリア帝国の関係についてそれだけ注意を払っているということかもしれない。
この辺りは俺では対処ができない問題だが、サンドラは違ったようだ。
小さな領主は手紙を一通取り出すと、それをリーラに手渡した。
リーラが心得たとばかりにディリンのところへ手紙を持っていく。
「わたしの父、魔法伯ヘレウスからの手紙です。もし、ドワーフ王国からの客人が来た場合、聖竜領の代表者からドワーフ王へ挨拶へ行くべきだろうと指示を受けております」
「ふむ……たしかに」
手紙をじっくり読むディリン。それとは別にリーラが俺の横にやってくると、別の手紙を俺に渡してくる。
「これは?」
「第二副帝様からのものです。少し前に魔法具で届きました」
「ありがたい」
少し前にドワーフ王国のことを相談していた返事がやってきたか。良いタイミングだ。
俺は封を破り、中身に目を走らせる。
「第二副帝からも長い付き合いになるのだから、一度挨拶に行くと良いだろうと書かれている。実際にやり取りする俺達が顔を見せるくらいなら良いんじゃないか?」
第二副帝クロードの手紙は非常に長く、余計な情報が沢山あったが、必要なところを抜き出すとそんな感じだった。
「ふむ。承知しました。道中の安全は確保されるものとして……道はわかっておりますのかな?」
ディリンの問いかけは重要だ。氷結山脈からドワーフ王国までの道は実質未踏。ドーレスも何となく方角を頼りに移動したに過ぎない。もちろん、地図もない。
「アルマス、前みたいに大地を動かして道を作ることはできるのかしら?」
「それは無理だな。氷結山脈のような場所の地形を大きく動かすと、多方面に影響が出る。それこそ魔物が大量発生しかねない」
「そう……」
俺の答えを聞いてサンドラは残念そうにうつむいた。過酷な山越えを想像したのだろう。
「がっかりしないでいい。問題なのは地形を大きく変えることだ。それこそ山を崩すようなことは無理だが、細い道を作ることくらいできるだろう。それに、ドワーフ王国まで行ったことはないが、あの辺りを北上したことなら何度かある」
その言葉を聞いて、会議室の全員が一斉に注目した。一部、もっと早く言えと視線で言っている。ルゼとか。
「ここに四百年以上住んでいれば何度か北上することもあったということだよ。北へ向かうなら山間を縫うように進むことができる。だから、氷結山脈の高峰を越える必要は無い。実際、ドーレスは本格的な装備をしていなかっただろう?」
かつてドーレスが聖竜領にやって来た時。身につけているのは平地のものと変わらなかった。山の中で方向さえ見失わなければ、それほど標高を上がらなくてもここまで到達できるのだ。
「恐らく、聖竜領に流れ込んでいる川沿いに進んでいけばいいはずだ。途中で川は消えるだろうが、そこからできるだけ低い箇所を選んで山越えすればドワーフ王国に到着するだろう」
「アルマス様、自信がありそうですね」
「自信というか、地図のない場所を進むのは人間時代良くやったからな」
マイアに答えながら俺は過去に思いを馳せる。戦場ではろくな地図もなく夜間の山越えを何度もやったものだ。それなりにこの手の行軍は経験している。
「……わかりましたのじゃ。そこまで言うならば同行致しましょう」
少し考えた上で、ディリンは厳かにそう言った。
「ありがとうございます。もし無理があると判断すれば即撤退します」
「うむ。それで頼みますじゃ。しかし、氷結山脈を越えるとなると年甲斐もなくワクワクしますのう。冒険を求めて飛び回った若い頃を思い出しますじゃ」
それまでの口調とは打って変わってそういうディリンは楽しそうに笑っていた。
外交のために飛び回るドワーフは、彼らにしては珍しい好奇心旺盛な冒険好きだったらしい。
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