第183話「粗末すぎるとでもいいたいのだろうか。」

 聖竜領南部の湖のほとり。俺達は宿泊する小屋近くでのんびり焚き火を囲んでいた。野営に近い環境と言うこともあり、今日は外で夕食だった名残だ。

 側では虫除けのハーブを練り込んだ蝋燭に火が付いていて、建築用の木材を椅子代わりにそれぞれゆったりとした時間を過ごしている。


「夜だけど ちょっとあついね」


「そうだな。ハリア用の休憩小屋にも冷房の魔法をかけておこうか?」


 ここにはハリアのための小屋がちゃんと存在する。宿に泊まったりと人間味のある竜だ。その気になれば水中で睡眠だってとれるだろうに。


「夏は冷房、冬は暖房。聖竜領から離れて暮らしにくくなるわね」


 そう言うサンドラの手にしたカップの中には氷が浮かんでいる。中身はハリアの水で、氷は俺が魔法で作った。


「お嬢様が体調を崩してはいけませんので、快適なのは良いことです。最近は運動不足が心配ですが」


「サンドラ様、私が来たときよりも外に出る機会が減っていますからね!」


「忙しくなければ畑仕事を手伝いたいのだけれどね」


 ここに来ても人材不足の心配とは仕事熱心というか、多忙というか。ただ、サンドラからは今この場にいない第一副帝のような疲弊した気配は感じられない。それなりに休養できているということだろう。


「あの二人、ちゃんと解決するかしら?」


 広場から見える小屋に視線をやりながらサンドラが聞いてきた。

 視線の先にあるのはリリアの小屋だ。今、あの中で第一副帝ノーマ、リリア、護衛兼制止役の執事の三人が話し合いを行っている。


「聞いた感じ、リリアが言うべきことを言わずにこちらに来たのが問題に思えた。相応の結論に落ち着くとは思うが……」


「帝国中南部は発展していた中部に引っ張られる形で南部が大きく変わっていると聞くわ。そこで色々と問題が生じているでしょうし、リリアのような地域に明るい人が必要なのもわかるわ」


「そうなのか。南部は『嵐の時代』の影響で土地が荒れていて住みにくいと本で読んだが」


「そこをどうにかしようと頑張っているのですよ! 開拓だそうです!」


「それで古くからの生活を変えざるを得ない人も出ていると言うけれどね」


 難しい顔をしながらサンドラが付け足すと、マイアも難しい顔をして黙り込んだ。聞いただけで面倒くさそうなのは俺も把握した。


「しかし、無難に案内するだけの視察のつもりだったんだが、これで良かったのか?」


 今更な問いかけをするとサンドラは僅かに笑みを浮かべた。


「平気よ。できる限りのことをする予定だったし。それに、こうしてノーマ様に協力することでリーラの仕事がしやすくなるの」


「リーラが?」


 どういうことだ、という俺の問いに答えるように、今まで主人の後ろに控えていたメイドが口を開いた。


「実は私達メイドを教育するメイド島は第一副帝様の領地にあるのです。聖竜領内にメイド育成の施設を建築する際、第一副帝様から許可が必要になります」


「その許可は難しい話なのか……?」


「メイド島の関連施設は高い完成度を求められます。そこを満たせるかどうかなので、かなり難しいと言えます」


「地域と人材的に普通はこの辺りだと許可が出ないと思うのよね。ただ、ここにはリーラとマルティナという二人の戦闘メイドがいる上に、メイド島から沢山人が派遣されているからいけるはずなの」


「一地方へ置けるメイド力としてはこの地域は過剰といえるほどですので。輸出する態勢を整えることの許可は出るのではないかと」


 サンドラの発言にリーラが付け足した。メイド力とかいう聞き慣れない言葉が聞こえたが、俺は聞かなかったことにする。あまり深入りしない方がいい気がするので。


「それとシュルビア姉様の存在も大きいのよね。東都から持ち込んだ文化とか風習の影響で町の品揃えが変わったし。身分の高い人がこの地域に来ることも増えた」


「なるほど。そういう変化もあるのか」


 偉い人といえば聖竜領も無関係では無い。そういった要人対応できる人材が育つ場はたしかに必要だ。


「ここでノーマの問題が解決すれば、俺達の仕事も円滑になるか……」


「結果的にそうなるといいなという程度だけれどね」


「さすがサンドラ様は色々と考えているのですね!」


「サンドラ えらいね」


 マイアとハリア脳天気な声をあげた時だった。

 リリアの小屋の扉が開き、三人が現れた。


「話し合いはまとまったか?」


 小屋に入る前と比べて少し疲れた様子のノーマに声をかけると、彼は厳かに頷いた。


「リリア先生がなにを考えて突然いなくなったのか、ようやく理解した。ただ、先生の残務もあるので今後は魔法具や手紙で連絡を取り合い、適時対応するようにする」


 それは二人が定期的に連絡を取り合うと言うことに他ならない。ほぼ行方知れずだった今までと比べればかなりマシだろう。


「というか、残務があったのか……」


 俺の言葉に全員がリリアへ視線を集中させる。


「で、でも頼まれた仕事は片づけましたんで。こっち楽しそうだから、いいかなーって……」 

 

 顔を逸らしながら言う彼女を見て、ノーマと執事が同時にため息をついた。


「建築関係の保守についての問い合わせや、今後の再開発など質問が多くてな。答えてくれる当人をようやく確保できて皆も安心するだろう」


 どうやら、彼女は想像以上の迷惑を残してこちらに来ていたようだった。

 

「聖竜領に来る前に引き継ぎとかしなかったのか? 後を託せる組織に任せるとか」


「な、なるほどですっ。今度はお仕事をした地域で工房なり組合を作って、後は全部任せて去るようにしましょう!」


 その手があったかとばかりに手を打つリリアだった。育てた部下を現地に残してくれるなら、地域にとってありがたいかもしれない。


「話し合いが無事に済んだようで何よりです。お疲れでしょう。お茶なり夜食なり用意させましょうか?」


「助かる。しかし……」


 軽く頭を下げ、ノーマはリリアの小屋に目をやった。粗末すぎるとでもいいたいのだろうか。


「リリア先生が一つの住居に住んでいるのには感動した。自分の領地にいる時は本当に根無し草だったからな」


「聖竜領の住居は魔法がかかってるから快適なんですよ。特に冬がー」


 ため息交じりの発言に、放浪の建築家はにこにこと笑いながらリリアは答えるのだった。

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