第182話「俺が聞きたい。これを知ったからハリアが助けを呼んだんだな。」

 翌朝、南部行きの舟はちゃんと準備された。

 さすがに朝早くとはいかなかったが、サンドラ達が頑張ったおかげで朝食の後には出発の準備が出来ていた。

 通常は資材が乗せているイカダよりマシ程度の舟が二つほど用意され、そこに俺達が乗り込む形である。


 今回一緒に向かうメンバーは俺とサンドラとリーラ、それにマイア。第一副帝と執事という少数だ。それに舟を操作する要員と荷物が色々と同乗する。


 南部に流れ込む川の流れは比較的ゆるやかなので、落ち着いた川下りが始まった。


「馬車の手配ができましたので、帰りは陸路になります」


 行きは舟、帰りは馬車というのが今のところ南部へ最速で移動する方法である。道の舗装が完成してレールを埋め込むことが出来れば陸路の方が楽になるだろう。


「ありがたい。個人のわがままで負担をかけてしまったことはちゃんと認識している」


 サンドラの説明に礼を言いつつ神妙な顔でノーマが答えた。

 南部への街道を整備していて良かった。彼を連れて歩いて行き来するわけにはいかなかっただろう。


「この地に来てから本当にゆったりと過ごさせて貰っている。こうして景色を眺めるのも悪くない」


 川の上からゆっくりと移り変わる景色を見ながら、顔色もすっかり良くなったノーマが言う。見えるのは森とか草原ばかりなのだが、それはそれで気持ちよいものだ。


「しかし、マイア殿とご一緒できるとはな。ロジェ殿から話は聞いていたのだが、視察で手一杯で会えないかと思っていた」


「いえ、こちらこそご挨拶にうかがうべきでした!」


 いつものようにマイアが元気よく笑顔で答える。彼女に声をかけた理由は、リリアと共によく南部の探索をしていたからだ。なにかしら助言してくれるかもしれない。


「二人は顔見知りなのか?」


「はい! お爺様に連れられて何度かお会いしたことがありますっ」


「第一副帝の領地は魔物が出る地域も多くてね。自分が産まれる前からロジェ殿が討伐でたびたびやって来てくれていた」


「子供の頃はお城の中で走り回ったりしてご迷惑をおかけしたものです」


「いや、あれはあれで楽しかった。そういえば、ロジェ殿に討伐依頼が出されるのも大体リリア先生からの報告がきっかけだったな」


 結局、彼の話はそこに行き着くらしい。今は穏やかだが、起き抜けはちょっと落ち着きがなかった。


『のう。アルマス、先に言ってリリアに話を聞いておいたほうがいいかもしれんぞ』


 唐突に、頭の中に聖竜様の声が響いた。


『どういうことです?』


『ハリアから連絡があったんじゃが、リリアも色々と考え込んでいるようなんじゃ。自分では詳しく聞けないからアルマスに来て欲しいと言われてのう』


 考え込むか、彼女なりに思うところがあるのだろう。


『俺だと話を聞くくらいしかできないと思いますが』


『それでいいんじゃないかのう。他の者もアルマスにそこまで期待せんじゃろうし』


 失礼な。いや、そうでもないか。俺は人生相談されてもまともに答えられる自信はない。


「サンドラ、俺は先に行ってリリアの様子を見てくるよ。ハリアが心配しているようでな」


「聖竜様からの連絡ね……」


 そう言ったサンドラがノーマを見ると、第一副帝は軽く頷いた。


「リリア先生のことだから、荷物をまとめて出かけてしまうかもしれない。お願いする」


 ある意味リリアの性格を信頼した言葉を受けて、俺は素速く舟から飛び降りた。


「俺が彼女を確実に留めておくから安心しておいてくれ」


 そう言い残し、南部への道を全力駆け出した。恐らく、数時間は先行できるだろう。


○○○


 南部の湖周辺はそれほど景色が変わらない。工事のおかげで地面が少し良くなっているのと、小屋の数が増えたくらいだ。本格的に姿が変わるのはレール馬車が通るようになり輸送が改善されてからだろう。


 そんな湖近くの小屋が建ち並ぶ一画、来る度に外壁に装飾が増えているのがリリアの自宅兼作業所である。彼女が酒場に来る度家具を買ったりしているのもあり、中は結構快適になっている。


「失礼する。ハリアから報告を受けて来た」


 ノックをしてから中に入ると、そこにはハリアを抱きかかえたリリアが居た。


「いらっしゃいませー」


「いらっしゃい。アルマス様」


「……なんだか報告ほど差し迫った感じを受けないんだが」


 現場にある余った資材で組み上げたというベッドに腰掛けるリリアの姿からは今すぐ荷物をまとめて放浪しそうな気配はなかった。


「いえ、こう見えて荷物をまとめて外仕事に行こうか真剣に悩んでいるんです。ハリアさんに止められましたけど。あ、そちらの椅子に座ってください」


「リリア かってにでかけたら 駄目だよ」


 抱かれてぬいぐるみ状態のハリアに注意されると、リリアはうんうんと頷いた。


「良ければ話を聞かせてくれないか。なんでいきなり南部に来たのか」


 薦められるまま椅子に腰掛けつつ、問いかけるとリリアは神妙な顔をして口を開いた。


「ノーマ君とは彼が産まれた時からの付き合いでして。とても大事な方なんです。長く仕事をしていた土地のことだから、彼の産まれから来る複雑な立場もわかりますし。大変だなって」


「昨日、少しだが執事さんに聞いたな」


「あの人も付き合いが長いですからね。とにかく、それはもう可愛かったり気の毒だったりで、面倒を見すぎたみたいなんです。特に第一副帝になってからは問題解決に協力したりと……一人の建築家としてはやりすぎでした」


「それはもしかして、リリアが政治的な権力を持つことを良しとしない人々がいたということか?」


 問いかけに、リリアは無言で頷いて答えた。


「私は権力とか面倒なのはいらないんですが、それをわかってくれない人は多いんですよね。なにより、あのまま居たらノーマ君の迷惑になってしまうので」


「なるほど。なんとなくだが理解した。だが、なにもここで逃げなくても良いんじゃないか?」


 ここは聖竜領だ。第一副帝の権力の及ばない地域だし、彼の政治的関係者もいない。気兼ねなく話すことは出来たはずだ。


「いや、それが……久しぶりに会ったら可愛くて」


「……すまない、意味がわからなかったんだが?」


 なぜか恥ずかしそうに言ったリリアに俺は意味がわからず問い直した。


「いやあの。赤ちゃんの頃から見てる子がすっかり大人になったなーて、感慨深い心境になってしまって。これまた会ったら協力しそうだなと思いまして……」


 早口でそこまで言ってから、ぽつりとリリアは付け加える。


「私、自由に生きてきたので自制心あんまり無いんですよね」


 若干胸を張って帝国屈指の建築士はそう言い切った。


「アルマス様 どうしよう?」


 俺が聞きたい。これを知ったからハリアが助けを呼んだんだな。


「いい機会だから全部ちゃんと話してしまえばいいんじゃないか? 聞いたところ、ノーマは副帝として立派にやっているみたいだし。どうしても困ったときだけ連絡を取り合うとか約束でも決めてだな……」


 彼の健康面も心配だが、今回はリリアとの問題に絞ってしまおう。


「約束というのはいいですね。考えてみれば、聖竜領に来る前も連絡無しでいきなりいなくなったのに近いですし……」


「ちゃんと手順を踏んだ方がいいと思うぞ。話し合いは大事だ」


 俺に言えたことではないが、言葉が通じるんだからできる限り話し合いはすべきだ。


「そうですね。ここは頑張ってノーマ君と話してみます。……アルマス様、同席してくれますか?」


「まずは二人で話し合ってくれ。どうしても決まらなかったら俺なりサンドラなりを呼んでくれればいい」


「ありがとうございます」


 なんとか心を決めてくれたらしく、晴れやかな顔でリリアが礼を言ってきた。

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