第184話「色々とかつての苦労が偲ばれる光景だ。」

 南部で第一副帝ノーマとリリアの話が済んだ翌朝、俺達は早々に領内に戻った。

 その際、リリアは思いついたアイデアをまとめたいとかで同行しなかった。ノーマの方が難色を示すかと思ったが、そんなことはなく快く領主の屋敷へと戻ってくれた。


 南部から戻った後は視察は最小限として、ノーマにはゆっくり過ごしてもらうことにした。無理矢理川下りをした後、長話をして、帰りは舗装の完全で無い馬車。それらの疲労を考慮してというところだ。

 ノーマもその辺りは承知しているらしく、聖竜領内を散歩したりハリアの発着場を見学したりとのんびり過ごしてくれた。


 そして夕食。彼が聖竜領で過ごす最後の夜の席で、唐突に真面目なことを言いだした。


「牛飼いの人々を受け入れてみる気はないか?」


「…………」


「…………」


 第一副帝がやってきてから屋敷の夕食は、聖竜領の薬草などが使われた疲労回復特別メニューだ。

 健康増進を目的に味をないがしろにすることなく、品良くまとめた料理の数々が俺達を楽しませてくれている。若干、薄味に思えるのはエルフ由来の料理が含まれているからだろう。この辺りは好みの問題だ。


 俺は目の前の鶏肉とハーブ類を何らかの方法で調理した料理の皿から目を離し、サンドラを見た。

 彼女は無言で頷くと、第一副帝に問いかける。


「申し訳ありません。詳しいところをお聞かせいただきませんと……」


「いきなり結論を口にしてしまったな。ずっと考えていたんで、自分の中では話が進んでいる気でいた」


 軽く笑いながら、フォークを置くと、ノーマは表情を引き締めて語り始める。


「自分の領地の事情になってしまうのだが、帝国中南部は発展していた中部の勢いが南部まで影響を与えている。市が賑やかになり人の往来が増え、荒れ地が開拓され、新しい町が増える。それ自体はいいことなんだが、その流れに合わない民もいる」


「それが、今の牛の話か?」


「そうだ。もともと南部は『嵐の時代』で荒れた地が多く、人の住める地域が多くない。開拓で増える土地よりも人が増える勢いの方が強い。昔ながらの生活をしにくい環境になりつつある」


「民族一つを移住させるのは無理ですよ?」


 サンドラの発言に俺も頷いて同意する。今の話だと聖竜領の全員よりも多い人がやってきそうに思える。


「そこまでではない。都市化で昔ながらの牧畜をやりにくくなった民の一部、二十人もいないくらいだが、どうにかならないかと相談を受けていたんだ」


「そこで南部に目を付けたか」


 聖竜領の南部は草原だ。しかもとても範囲が広い。牧場の一つ二つ簡単に作れるだろう。


「有り難い申し出ですが、急に人口が増えるのは……」


 難しい顔をしながらサンドラが呟く。たしかに、これまでの住民増加とは訳が違う。第一副帝の民が領主の館から遠く離れた場所に村を作ることになる。上手く治めることができるのか不安があるのだろう。


「聖竜領の民として生きることを自分が保証する。……彼らは自分の母の遠縁でな、時代の変化に疲れている穏やかな人々だ。静かに過ごせる新天地を求めている」


「静かに過ごすか……。その気持ちは俺もよくわかるが」


 俺の考えが伝わったのか、横のサンドラも静かに頷いた。

 

「居住する場所や時期についての調整は必要ですが、受け入れる方針で行きたいと思います。ここまで移動する手段や移住の準備も必要でしょうから、少し時間が必要ですね」


 その言葉にノーマの表情があからさまに明るくなった。なんならサンドラに命令だってできる地位だというのに、今更ながら人が良いと言うべきか。


「安心した。もちろん、人が増える以外のメリットもあるぞ。彼らは伝統的に帝国南部で作られている乳製品の製法を知る人々だ。ラメリバターというのを知っているか?」


 俺は知らないが、サンドラが固まった。


「知っているのか?」


「名のある料理人なら是が非でも手に入れたいという製品よ。生産量の関係で入所は困難。皇帝陛下の厨房への納入が優先されるから、帝都でも相当なコネクションがないと扱えないの」


 そんな凄そうなものを聖竜領で作れるようになっていいんだろうか。大事な交易品だろうに。


「自分からの友好の証だと思ってくれ。もともと、好き好んで生産量を少なくしているわけではないんだ。単に土地の問題でな。聖竜領でも製法は秘匿してくれれば問題ない」


 俺達の思っていることが伝わったのか、ノーマが軽く笑いながらそう言ってくれた。


「それは、お約束致します」


「むしろ、俺達の方が礼を言わなければいけないかもな」


 そう言うと、ノーマは軽く顎に触れながら答える。


「たまにで良いので疲労回復の薬草を送ってくれると嬉しい。帰ったあと、激務が待っていると思うと震えが来るんでな」


 来たときからは想像もつかない和やかさで、第一副帝はそんなことを言ったのだった。


○○○


 翌日、第一副帝達は朝早くから帰宅の途についた。

 レール馬車に荷物を乗せ終えると、執事が俺達に向かって一礼した。


「大変お世話になりました。ノーマ様にとってこれほど良い視察はございませんでした」


「こちらこそ、力になれたようで良かった」


「ご満足頂けたようで何よりです」


「ノーマ様のご様子ですと、折に触れて訪れると思われますが、どうか宜しくお願い致します」


 そのノーマだが、執事が深々と礼をする後ろで落ち着きなく立っていた。


「どうした? なにか忘れものでもあったか?」


「いや、リリア先生が来ないかなと……」


「南部で仕事をしていたから難しいんじゃないか?」


 彼女は仕事を始めると没頭するタイプだ。ノーマとの話し合いが終わった後、ずっと仕事をしている可能性が高い。


「……そうだな。見送りなど望むべくもないか」


 ちょっと残念そうに息を吐くと、ノーマは表情を引き締めた。


「アルマス殿、サンドラ男爵、世話になった。仕事の関係で連絡をとることになると思うが、よろしく頼む」


「また、落ち着いた頃にいらしてください」


「仕事のしすぎで倒れそうになったら言ってくれ。薬草を送るよ」


 そんなやり取りをして、いざノーマが馬車に乗り込もうとしたところで、声が聞こえた。


「ノーマ君ー。良かったー、間に合いました-」


「リ、リリア先生。どうしてここに」


「決まってるじゃないですか。ノーマ君の見送りですよ。職人さん達が使う朝一番の馬車に乗ってきたんですから」


 急いで来たらしく息を切らせつつも、リリアは胸を張った。


「道中、気を付けてください。あなたの領地は大変だけれども、ちゃんと皆さんあなたのことを見ていますよ。もっと、周りを頼りなさい」


「……ありがとうございます。リリア先生も、お気を付けて」


「あ、あとこれお土産です。私のやった仕事で今思いつく範囲の注意事項」


「先生、なんて真っ当な仕事を……」


「失礼な。私だってちゃんと大人なんですからね」


 涙ぐむノーマに向かって、抗議の声をあげるリリア。色々とかつての苦労が偲ばれる光景だ。


「ノーマ様、お時間です」


「名残惜しいが、ここは予定通り帰るとしよう。どうにか時間を作って、また来ることを約束する」


 執事に促されると、第一副帝はそんな言葉と共に聖竜領を去って行った。

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