第167話「湖の畔は冬とは光景が様変わりしていた」

「南部にも大分行きやすくなったね……」


「まったくだ。皆の働きのおかげだな。レールの敷設もするそうだし、もっと身近になるだろう」


 日差しの強さが春から夏への移り変わりが始まっていることを感じさせる日、俺とトゥルーズは聖竜領南部に向かう工事用馬車に同乗していた。


「……そのうち綺麗な別荘地になったら休みの日にでも散歩に行きたい」


「いいな。俺もアイノが戻ってきたらのんびりしよう」


 冬からの工事の成果で南部への街道は大分できあがっている。こうしてのんびり馬車に揺られて向かうことができるのはとても有り難い。


「しかし、屋敷の方を留守にしていいのか? 結構忙しいだろう?」


「サンドラ様から今回はこちらを優先するように言われた。つまり仕事……」


 そう言ってトゥルーズは馬車に積み込まれている大小の箱をちらりと見た。

 箱は全て保管用に冷蔵や冷凍の魔法を俺がかけたもの。中には様々な食材が入っている。

 他にトゥルーズの持ち物は着替えの入った鞄と調理器具の入った箱。


「まさか、リリアのために料理とはな」


 今回の彼女の仕事は南部で働く建築家のために料理を作ることである。


「私も驚いた。彼女、結構有名な建築家で、何年もかけて有名な景勝地を作りあげることで有名らしい……」


「そうなのか。なんだか意外だな、トゥルーズがそういうことに詳しいのは」


「食堂にいると皆の話が自然と耳に入ってくるから」


 そう言って聖竜領の料理人は薄く笑みを浮かべた。案外、彼女は聖竜領有数の情報通なのかもしれない。


「サンドラから見ても大事な人材を自らの意志とはいえ、南部で野営させ続けるのはしのびないと思ったわけだな」


「そう。それに、ヘレウス様からの手紙に書いてあったらしい。野営続きだから美味しいものを食べると凄く機嫌が良くなって良い仕事をするって」


「的確な助言だな」


 俺は頷きつつ、馬車の窓を開けて外を見る。相変わらず南部は代わり映えのしない平原だが、そろそろ湖が見えてくるはずだ。あの辺りは作業小屋をいくつも建てられていて、開拓村のような雰囲気がある。


「聖竜様がいるおかげで助かった。リリアさんの到着日がはっきりわかるから」


「聞いてみたらたまたま補給のために湖に戻ってくるところだったのは運が良かったな」


 今回、サンドラから料理の件を持ちかけられたとき、一番の問題はリリアが帰ってくる日がわからなかったことだ。そこを聖竜様に聞いたらすぐ教えてくれて素速く準備に入れたという次第である。


『なに。人の位置を教えるくらいわけないのじゃよ。それはそれとして、トゥルーズの料理とか石像に供えてくれると嬉しいのじゃ』


 我が上司は実に欲望に忠実な要求をしてきた。


「アルマス様、どうしたの?」


 瞳の色が変わっていることに気づいたのだろう。トゥルーズが怪訝な表情をしていた。


「聖竜様がトゥルーズの料理を所望している。戻ったらでいいから、後で頼めるかな?」


「……うん。わかった」


 俺の遠慮がちな申し出に、トゥルーズは楽しそうに答えてくれた。


○○○


 湖の畔は冬とは光景が様変わりしていた。

 立ち並ぶ小屋とそれに付随する炊事場などの各種施設。街道工事の関係で職人達とそれを支える人々で場合によっては十人以上が寝泊まりするちょっとした村になっている。


 南部にあるのは昔俺が住んでいた建物よりは少しマシ程度の組み立て式の小屋なのだが、そこは職人達が空いた時間で工夫して快適になるよう改良している。

 

「ここだな。綺麗にしてるな……いや、使っていないだけか」


「ほとんど倉庫みたいに見える」


 俺達はその中でも一際小綺麗な小屋の中に足を踏み入れた。建築家のリリア用に作られたもので、外も中も特に手を加えられて折らず素っ気ない。


「おや、お二人ともどうしたんですか?」


 ドアをノックしようとしたら、後ろから話しかけられた。振り返ると、背中に巨大なリュックを背負ったハーフエルフがそこにいた。ちなみに少し、薄汚れている。


「元気そうでなによりだ。サンドラから頼まれて様子見と補給に来た」


「……こんにちは。私はトゥルーズ。屋敷で料理人をしている」


 俺達がそれぞれ挨拶をすると、途端にリリアの顔が明るくなった。


「え? もしかして料理作ってくれるの? それも聖竜領の料理人が? あ、すごく嬉しいです!」


「なんだか随分喜んでいるな」


「ここに来る前に聞いたんです。聖竜領には腕の良い料理人がいるって。ヘレウス様から!」


「…………」


 サンドラが軽く顔を背けた。ちょっとにやけている。嬉しいらしい。


「だいたい想像通りだよ。トゥルーズが料理を作りにきた。野営じゃ思うようなものを食べれないだろう?」


「……食べたいものがあれば言って欲しい。最大限努力する」


「すごく嬉しいです! でも急に言われても食べたいものが思いつかないっ。……どうしようかなー」


 嬉しそうに悩みまくったあとリリアはふと気づいたように俺の方を見た。


「どうかしたか?」


「あの、アルマス様、魔法でお湯って作れます?」


 汚れた服と自分を指さしながら、申し訳なさそうにリリアは言った。


 その後、俺が魔法でお湯を作り、さっぱりしたリリアはトゥルーズのお任せで作られた料理の数々を滅茶苦茶美味しそうに食べてくれた。それを見ていた聖竜様が自分のところにももってこいと要求するくらいの反応だった。

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