第166話「サンドラの冷静な指摘を受けて、マイアは遂にその場に崩れ落ちた。」

 馬車の振動がいつもより少ない。音も小さく、道行きも滑らかだ。


「……良い乗り心地だな」


「ええ、いいわね」


「同感です」


 俺とサンドラとリーラは今、クアリアと聖竜領間に引かれたレール馬車に乗っていた。

 本格稼働前の試験というやつである。

 本日朝にクアリアを出発、レールの幅に合わせて作られた新型馬車は順調に稼働。俺達は快適な旅をしていた。

 この分だといつもより早く聖竜領に到着する。今後は朝出発で昼くらいに到着するようになるかもしれない。


「思うんだが、これを馬ではなくゴーレムに引かせればもっと効率がいいんじゃないか?」


「ええ。運ぶ物が沢山あるときはお願いすると思うわ」


 俺の思いつきをサンドラも考えていたようだ。平時なら聖竜領から運び出されるのはハーブなどの薬草類が多く、荷物としては多くない。

 しかし、建築で忙しい今はゴーレムを使って建材などを引かせるのは良さそうだ。


「問題はレール用の馬車がそれほど数がないことね。スルホ兄様に相談して増産をお願いしておきましょう。今後、必要になるでしょうし」


「そんなにこの忙しさが続くのか?」


「いえ、この分だと帝国の主要な町同士をレールで繋ぐくらいのことはあると思うの。その時に備えてよ。時間はかかるでしょうけれどね」


「ゴーレムを自在に生み出せるのは帝国でもここだけだから、ということですね」


 リーラがサンドラにそう言葉を続けた。

 俺が聖竜領の外に繰り出してゴーレムを造りまくればこの手の工事は早く済むだろう。だが、それはやりすぎだ。俺が力を振るうのは聖竜領の周辺くらいがちょうどいい。

 サンドラはそれをわかってくれている。ありがたい話だ。


「人間の力でレールを埋設していくと、結構時間がかかるだろうな」


「どうかしら。皇帝陛下とお父様はちょうど良い公共事業と思って、お金を相当つぎ込むかもしれない。もしかしたら早いかも」


 すると、案外近い将来に帝国中をレールで走る馬車で移動できるかもしれないわけか。


「快適な旅ができるなら、どこか旅行に行きたいものだな」


「今の仕事が落ち着いたらね。わたしも気晴らしに行きたいわ」


 軽く微笑みながら言ったサンドラに、リーラが同意するように無言で首肯した。


「その時は是非ともアイノも同行させたいな。少なくとも、数年は先の話だろう?」


「そうなるでしょうね」


 俺達がのんびり旅行に出かけるくらい余裕ができる頃には、アイノは帰ってきて、レール馬車が普及していることだろう。

 なかなか明るい未来だ、悪くない。

 そんなことを思っていると、馬車は聖竜領の入り口に到着した。


「無事に到着したわね」


「まあ、レールの上を走っている以外は普通の馬車だからな。ん? なんで出迎えがいるんだ?」


 馬車の窓から外を見ると、そこにはマイアとルゼ、それとアリアがいた。

 今日は出迎えの人はいるとは聞いていないんだが。


「おかえりなさいませ! 無事でなによりです!」


 俺達が何か言う前にマイアが元気よく挨拶してきた。


「今日は式典でもないし出迎えはないと思っていたんだが?」


「自主的にやってきました! ……この後、クアリアに向かうこの馬車に乗りたいので」


 なるほど。そういうことか。

 マイアは前にこっそりハリアの空輸に忍び込んだりと、新しい物好きなのだ。


「ルゼとアリアも一緒なの? なんだか意外ね」


「試しに乗ってみたいとは思いましたので」


「私はなんだか面白そうでしたからー」


 サンドラの問いかけに言われた二人は笑顔で答える。どうやら彼女達はマイアのなんとなくついてきた、という感じらしい。


「この馬車は休憩と点検を兼ねて明日クアリアに返す予定ですが……」


 リーラが言いながらサンドラを見る。どうしましょうか、という問いかけだろう。


「クアリアに帰る職人がいれば乗ってもらうつもりなのだけれど、席が空いていれば乗ってもいいんじゃない?」


 サンドラの言葉を聞いて、マイアの表情がわかりやすく明るくなる。


「やりました! では、席が空いていたら是非同乗をお願いすると言うことで。あ、しかしルゼとアリアまで乗るのは難しい……ですか?」


 レール馬車は箱形の車体でそれほど大きくない。無理矢理乗り込んで六名ほどだ。最悪、天井に乗ったりもできるが、あまりやって欲しくない。


「クアリア向けの荷物も乗せるでしょうから、三人は難しいかと」


「ですか……」


 リーラがいつもの無表情で言うと、マイアはがっくりうな垂れた。自分一人だけ乗るというつもりはないようだ。


「あ、いえ、空きがないなら私は無理にとは言いません。どうせ運用が始まればいくらでも乗れるでしょうし」


「私もいいですよー。前にクアリアに行った時にロイ先生がこっそり試験走行に乗せてくれましたからー」


「二人とも……。というか、アリアは乗ったことあるんですか!?」


 素っ気なく答えた上にアリアの口から出て話を聞いてマイアの表情が忙しく変わる。

 

「もしかしてロイ先生……意外とうまくやってるのか?」


「……アルマス様、その話はまた今度で」


 俺の呟きを制止するようにマイアが鋭く言ってきた。今度とやらが楽しみだ。


「……偉い人を除けば私が聖竜領でレール馬車で一番乗りに慣れると思っていたのに。なんという……」


「そもそも馬車自体は結構前から出来ていたから乗ったことがある人は沢山いると思うの」


「うっ」


 サンドラの冷静な指摘を受けて、マイアは遂にその場に崩れ落ちた。

 その様子から視線を外し、俺は作物が生育しつつある聖竜領の農地を眺める。


 季節は春と夏の間、比較的過ごしやすい日々が続くはずだ。

 できれば気候と同じくらい仕事も穏やかになってくれればいいのだが。

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