第165話「そう言って笑みを浮かべつつサンドラは護符を受け取ってくれた。」

「よし。こんなものかな」


 春になってから大分日数がたち、少し日々の気温が上がって来たある日。

 俺は自宅でちょっとした手仕事をやっていた。

 今、俺の手の中に木製の四角い護符がある。

 

「……悪くないな」


 窓の方に護符をかざして、一人満足呟いた。

 護符の表面には四角形を三重ほど重ねた模様が描かれており、中心部に聖竜領の紋章を簡易にした銀細工がはまっている。


 木材はエルフの森でもらった聖竜領の木、銀細工は鍛冶のエルミアに作ってもらった。

 四角く切り出し、模様を入れたのが俺の手による作業である。


 最初は聖竜様を模した細工を作ろうとしたり、複雑な紋様を描こうとしたりした。

 しかし、出来なかった。俺は不器用なんだ……。


 そこで何人かに相談した結果、この形に落ち着いたというわけである。


 なかなか悪くない出来だ。今後クアリアに持っていこうか。


 そんなことを考えていると、家のドアがノックされた。


「サンドラか、入ってくれ」


 気配によるとやってきたのはサンドラとリーラだ。きっと森の近くに来たついでに立ち寄ったのだろう。


「こんにちは。畑の様子を見たので立ち寄らせてもらったの。トゥルーズからの差し入れもあるわ」


 そう言ってサンドラに続いて入ってきたリーラの手から小さな籠が下がっていた。こういう場合、皆が休憩する時などに食べるお菓子が入っていることが多い。


「ありがたいな。そして調度良かった。これを見てくれ、以前話していた護符だ」


 いつものように椅子にサンドラは椅子に腰掛け、リーラがお茶の準備を始めたのを確認しつつ、俺はできたて護符を見せた。


「へぇ……いいわね。全部アルマスが作ったの?」


「まさか。真ん中の細工はエルミナの手による物だよ」


「それ以外は自分で作ったのね。アルマス、結構不器用だから苦労するかと思っていたのだけれど」


「実は苦労していたことを私は把握しています。そちらの箱の中に試行錯誤の品の数々が」


 お茶を並べながらリーラが棚の一画を示した。そこにある箱の中には試作品の数々が納められている。


「なんで知ってるんだ……」


「先日片付けをしていた時に少々」


 なるほど。そういうことか。いつも部屋を使った後、片づけてくれるからな。


「忙しい中よくこんなことまでできたわね」


「意外と気晴らしになるんだ。集中できるし」


 時間のあるときはアイノを救う魔法の構築もしているが、ロイ先生などの協力が必要で上手く次ごうが付かないことも多い。そんな時、ちょっとした時間に護符のことを考えるのは気晴らしになった。


「ところでこの護符、魔法が仕込まれていたりするのかしら?」


 色んな角度から護符を眺めながらサンドラが聞く。

 良い質問だ。


「最初は中にちょっと健康になる魔法陣を仕込もうかと思ったけどやめたんだ。なんか違う気がしてな」


「魔法陣が中にあったら護符じゃなくて魔法具だものね。それでいいと思うわ」


 机に護符を戻しながら、サンドラが納得したように言った。


「南部から魔法具で連絡が来たわ。ほとんど生存報告みたいなものだけれどね」


 すました顔でサンドラが言ったのは先日やってくるなり南部で野営を開始した建築家のリリアについてだった。


「まず現地を見るというのはわかるが、気長な話になりそうだな」


「スティーナにとっては良いことだったんじゃないかしら。少なくともしばらく南部の開発のことは頭の隅に置いておけると思うの」


 その代わり、動き出したら大変そうだけれど、とサンドラは付け足した。

 俺も同意見だ。あの建築家は周りを振り回しながら仕事をするタイプに見える。


「スティーナは仕事を抱えがちだが、周りがちゃんと見ているよ。なにかあったらすぐ伝えて貰えるように態勢を整えておくべきかもな」


 建築関係なら俺のゴーレムも役立てることができる。ロイ先生に相談して多めに魔法陣を用意しておこうか。


「そうね。わたしも同じ考えだわ。……ところでその護符、売り出したりする予定なのかしら?」


 リーラの淹れたお茶を一口飲んで、机の上の護符を見て言うサンドラ。

 護符を特産品として販売を考えなかったといえば嘘になるが、これについては俺は決めておいたことがある。


「この護符は販売しない。あまり世の中に溢れるとありがたみが薄れそうだし。売れてしまうと俺が忙しくなるしな」


 もしこの護符が人気商品になっても人の手を借りて量産するわけにもいかないし、スローライフからは遠ざかってしまうことだろう。


「これは聖竜の眷属が友人達だけに渡した品。そういうことにして置こうと思う」


 そう言いながら、俺は護符をサンドラの前に差し出した。


「……? シュルビア姉様が最初じゃなくていいの?」


「最初に欲しいとまでは言われていない。特に魔法のかかっていない品だが、幸運のお守りくらいにはなるかもしれない。……できが悪くて駄目か?」


 頑張って作ったが不器用な俺の作品だ。出来は良いとはいえないので途中で不安になってきた。


「ありがとう。大切にするわ。これから先の聖竜領の領主の持ち物としてね」


 そう言って笑みを浮かべつつサンドラは護符を受け取ってくれた。


「いや、そんな大げさなものではないんだが」


「わたしの経験上、アルマスのやることは大げさになるのよ。特にこういうのはね」


 大切そうに護符を胸に抱いて確信したような口調でそう言うのだった。

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