第164話「人間時代、ああいう人物と何度か会ったことがある。」

 サンドラの父ヘレウスの選んだ建築家が聖竜領にやってくる日、俺はスティーナの工房にいた。

 本来ならば屋敷で共に出迎えをすべきなのだが、色々と仕事が立て込んでいる影響だ。朝は畑の世話、その後はゴーレムの製造。その他諸々の雑務の手伝いと結構忙しい。

 雑務については「本来はあなたにお願いすべきではないのだけれど」とサンドラが申し訳なさそうに言ってくるのだが、俺は積極的に受けることにしている。

 聖竜領の生活が豊かになれば、俺にも大きな恩恵があることだしな。


 そんなわけで、ゴーレムに南部に送り、ハリアの空輸した荷物を運ぶのを手伝い、軽く昼食をとった俺である。


 工房内は相変わらず忙しく、建物を建築するための資材が総出で加工されている。今日はスティーナも出て手を動かしている。


「事務仕事は落ち着いたのか?」


「冬の間やってたおかげである程度はね。でも、体を動かしてないと落ち着かないのさ」


 手慣れた動きで太い木材に線を引きながらスティーナが言った。


「例の建築家は屋敷について、そろそろこちらに来るはずだ」


「本当ならあたしも挨拶に行きたいんだけど。仕事がこれだからねぇ」


「その話をしたら、向こうも「工房も見たいから助かる」と言ってきたそうだ」


 そんなわけで例の建築家はこれからサンドラに案内されてやってくる予定になっている。


「なんか、試験されるみたいで緊張するよ」


 スティーナの視線が一瞬だけ、自宅に向いた。正確にはそこに保管されている酒瓶を見たのだ。酒量が増えた彼女は最近、部下達によって酒を少し取り上げられた。ルゼからの診断で制限をかけられたためだ。


「とりあえず、酒に逃げるような事態になることは避けるように頑張るよ」


「よっぽど嫌な奴じゃなきゃあたしもやってくつもりだよ。覚悟を決めた」


 目を据わらせてスティーナがそんなことを言った時、見慣れた金髪の少女を先頭に、工房に入ってくる集団があった。


「二人とお疲れ様。帝都から建築家の方がいらっしゃったわ」


 軽く笑みを浮かべつつ言うサンドラの隣には女性エルフに見える人物がいた。


「はじめまして。アルマスだ。聖竜様の眷属をしている。……エルフの方、だろうか?」

 

 言葉に疑問符が付いたのは、彼女がエルフの特徴である長身、明るい金髪をしていなかったからだ。身長はスティーナと同じくらい、髪色も茶色に近い。眼鏡と長い耳が目を引く人物である。


「はじめまして。リリアと申します! 流浪の建築家として帝国各地で仕事をしております! 噂に聞く聖竜領での仕事を楽しみにしています!」


 見た目に反して大きく元気な声で言うと、リリアは軽い口調で続ける。


「それと、私はハーフエルフです。よくわかりましたね」


「まあ、なんとなくなんだが」


「さすがは噂に名高い聖竜領の賢者ですね」


 なんだか褒められてしまった。ほとんど勘だったんだが。それと俺の噂とやらがちょっと気になる。帝都でどんな風に言われているんだろうか。

 そんなことを考えていると、隣のスティーナが遠慮がちに挨拶を始めた。


「はじめまして。あたしはスティーナ。大工をやってる」


「サンドラ様からお話は聞いています。一緒に素敵な町にしましょうね!」


 リリアはそう言うと、遠慮無くスティーナの両手を握ってぶんぶん振り始めた。


「お、おう。よろしく」


「女性の大工さんとお仕事するのは初めてだから嬉しいです! 頑張りましょう!」


 戸惑うスティーナにリリアはにこやかに言った。非常に友好的だ。


「気難しい人が来るかと思っていたんだが、良さそうだな」


 俺がそう言うとサンドラが小さく頷いた。ただ、表情は真面目そのもの。


「彼女は部下と一緒に少人数で帝国各地で活動している建築家なの。一カ所に留まって何年も仕事をするそうね。来てすぐに家の発注をもらったわ」


 なんと。すでにそんなに話が進んでいたのか。


「なにか問題があるのか? 深刻そうな顔をしているが」


「スティーナの仕事は減るけれど、相手をするのが大変かなって……」


「相手?」


 俺の疑問への答えは目の前で始まった問答にあった。


「じゃあ、さっそく私は南部の方へ旅へ出ますね」


「はい? 旅? 南部ならあたしも資料を用意してるけど」


「あ、じゃあ、それください。旅をしながら読むので」


 リリアはあっさりと言うが、スティーナは困惑している。

 それに気づいたのかハーフエルフの建築士は説明を始めた。


「私は仕事にあたる時、現地の人や土地の情報を精一杯収拾してからことにあたります。今回は皇帝陛下絡んでいることですし、聖竜領南部をこの身で体験して構想を固めるのです!」


 自信満々に胸を張るリリア。一応、理屈はわかった。


「リリア。良ければ君のこの後の予定を聞いてもいいか?」


「まず、部下と共に南部の土地で暮らします。こっちに部下を残して定期的に連絡するのでご心配なく。良い地図も貰いましたし、野営が捗りますね。楽しみです! 野営好きなんで!」


 もしかして南部で野営をしたいだけなんじゃないかというテンションだ。


「構想がまとまり次第、スティーナさんも巻き込んでの作業ですね。予算が潤沢だから資材の発注とか耕作とかやりたい放題ですよー」


「……今、あたしを巻き込んでって言ったよね?」


 スティーナが呟きは少し怖れを含んでいたのは気のせいではないだろう。


「そんなわけで、さっそく私は旅立つ準備を整えますので宜しくお願いします! 南部に棲息していると思って頂ければ!」


 なにが宜しくなんだろうと思う間もなく、リリアは勢いよく工房を飛び出していった。


「……あれだな。有能だけれど一緒に仕事をする大変なタイプに見える」


 人間時代、ああいう人物と何度か会ったことがある。能力が高く、周囲を振り回すのに長けている人物だ。


「奇遇ね。わたしもそう思うわ」


 なんとなく自然と俺とサンドラの視線は呆然と佇むスティーナへと向かった。


「ヘレウス様、帝都で使いづらい人材を派遣してるとかないよね?」


 その問いかけには俺もサンドラも答えようがなかった。

 

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