第163話「予想通り、その日の夜の酒場に行くとスティーナが飲んでいた。」

「もう少しで終わりそうだな」


「ええ、この分なら数日中にレールの敷設だけなら終わるでしょう」


 聖竜領の端。街道が終わる辺りで作業する人々を見ながら俺とロイ先生は話していた。

 俺達が出会った年に作られた街道は春からの工事により、二本のレールが敷設され、新たな姿へと生まれ変わった。


 元々広めに道の広さをとっていたのが幸いして、専用の馬車を走らせても人々が歩けるくらいの余裕がある。


「手早く確実な良い仕事に見える。広場でトゥルーズ達が料理をしていたから、皆で楽しむといい」


 作業自体はもう終わりが見えていたのもあり、サンドラの計らいで今日はちょっと豪勢な料理が並んでいる。軽い宴会になることだろう。


「ええ、それはもう。皆楽しみにしています」


「あまり騒ぎすぎて体調を崩さないように気を付けてくれ。……それと、今日の夜は酒場に行かない方がいい」


「なにかあるんですか?」


 俺の突然の発言にロイ先生が怪訝な顔で聞いてきた。


「今頃、サンドラがスティーナのところに行って、南部の開発について話しているはずだ。帝都から専門家がやってくるらしい」


「……それは、荒れますね」


「ああ、間違いなくな」


 ただ、これはスティーナの過労状態への対策でもある。そもそも聖竜領の建築関係の仕事量は彼女一人で抱えきれる量ではなくなっているのだ、既に。


「サンドラ様から言ってくれれば、断りはしないと思いますし。帝都と言うとヘレウス様の采配でしょうから、間違いないでしょうし」


 ロイ先生もその辺りがわかっているのか、話自体に難色は示さなかった。ヘレウスの仕事に対する信頼はさすがだ。


「サンドラから対処を頼まれたんでな。愚痴くらい聞いておくよ。ロイ先生は広場で食事をしたら屋敷に戻るといい」


「わかりました。教えてくれてありがとうございます」


「他の者にもそれとなく伝えておいてくれ」


 何も知らずに夜の酒場に来たら飲み過ぎたスティーナに絡まれるとか可哀想すぎる。


「しかし、しばらくスティーナさんは荒れそうですね」


「ああ、後は帝都から来る者次第だな」


 そんな会話をしつつ、俺達は街道の仕上げ作業の手伝いへと戻っていった。


○○○


 予想通り、その日の夜の酒場に行くとスティーナが飲んでいた。


「あたしもさぁ、理屈はわかるんだよ? サンドラ様が気を使ってくれてるのもさぁ」


「そうだな」


「一応こうして入植した時からいるからさ。今後領地をこうしたいっていうのはあるわけ。想像以上に広くなったけど」


「そうだな」


「でも、そこであとは専門家に任せろっていうのはやっぱ堪えるのよねぇ……」


「そうだろうな」


 酒場で飲んだくれているスティーナを見つけた俺は素速く同席し、彼女の酒に付き合ってやることにした。

 ちなみに近くの席ではビリエルとゼッテルの弟子二人が心配そうにこちらの様子を見守っている。あの二人は見た目に反して細かく目が行き届くので、スティーナの酒量を日々確認してくれている。

 それによると、冬からずっと増加傾向。ここらでそれを止める必要もある。


「だが、スティーナの体に無理がかかっているのも事実だろう。冬の間にも言ったはずだが」


「ここが頑張りどころだからだよぉ」


「今日は止めないが、酒も増えている。少しは体を気遣った方がいいと思うぞ」


「それ、仕事場の皆に言われるんだよね。そんなに飲んでる……?」


 弟子二人の方を見ると高速で頷いた。


「かなり飲んでるぞ。それに派遣されてくるのはヘレウスの選んだ専門家だ。色々学ぶ良い機会なんじゃないのか?」


「ものは考えようだねぇ……」


 そう言うと、杯に入った酒を一気にあおるスティーナ。良くない飲み方だ。


「でもさ、帝都からの人だとあたしなんかと比べものにならない人だろ? そうすると、出番ないんじゃないかなぁって……」


 空になった杯を置くと今度はもじもじとそんなことを言い出した。


「それは、スティーナと相手次第だな。良い関係を築けるように頑張ろう」


「良い関係ね……。どんな人が来るかサンドラ様もよく知らないみたいなんだよねぇ。腕利きを呼んだって知らされてるみたいだけれど」


「相性が良いのを期待しよう。どうする、まだ飲むか?」


 今日の所は好きなだけ話をさせて色々と吐き出させてやろう。

 そう思って言った問いかけに、スティーナはにへらと笑って答える。


「飲む飲む。ねぇ、これってアルマス様のおごり? おごり?」


「まずいと思ったら止めるからな」


「やったー!」


 大喜びで近くを通ったメイドに追加の注文をするスティーナ。代金については後でサンドラにも少し出してもらおう。これも仕事だ。


「……ねぇアルマス様。一番高いやつとか頼んでいい?」


「それは駄目だ」


 遠慮がちにとんでもないことを言い出したので俺はとりあえず阻止にかかった。


 結局、その後酔いつぶれるまで、俺はスティーナに付き合ったのだった。

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