第162話「スティーナが納得してくれるだろうか。」

 南部から戻った俺はとりあえず領主の屋敷に向かった。

 あちこち移動したので報告と、サンドラの様子見だ。彼女もまた忙しい。人が増えたとはいえ、無理していないかちょっと心配だ。


「と、いうわけでシュルビアからお守りを要求されたので作ろうと思う」


「なんで思いつかなかったのか不思議なくらい真っ当な発想ね。さすがはシュルビア姉様だわ」


「ああ、俺も全く思いつかなかった」


「考えてみれば、聖竜様ってどこかで奉じられててもおかしくないと思うのよね。そういう経験ないのかしら」


「ちょっと聞いてみるよ」


『どうなんでしょうか。正直、俺も気になります』


 正直にそう問いかけるとすぐに聖竜様から返事があった。


『まあ、ワシも長く生きておるからのう。そういう経験がないと言えば嘘になるのじゃ。もうお主らの記録に残らないくらい昔に、六大竜として奉られておったよ』


『……何かあったんですね』


『まあのう。ワシらが保護して国とか作るとそれなりに発展するんじゃが、ほら、人間とかって増えるとどうしても戦争とか始めるんじゃよ。どう頑張っても制御できなくなってのう。皆で話し合って目立たないようにすることにしたんじゃよ』


 表情は見えないが聖竜様の声音には過去を懐かしむ以上のものが感じられた。


『あの、俺達が関わっているのは平気なんですか?』


『聖竜領のなかでぼちぼちやるくらいは構わんじゃろう。平和じゃしな。ただ、あまりにも看過できん状況になったら対処はするのじゃ』


『イグリア帝国が今の方針でいる限りは問題ないということでいかせてもらいます』


『うむ。それで良いよ』


 今の会話の内容はとても大切だ。サンドラ達にもちゃんと伝えておこう。


「どうだったの、アルマス」


 思ったより長く話していたのが気になったのか、サンドラが心配げな様子で聞いてきた。


「過去にあったそうだが、いつしか大きく干渉しないことにしたそうだ。六大竜の力が強い故に、繁栄してもその後に問題が生じることがあったと言われている」


「……そう。じゃあ、わたし達も気を付けないとね」


 俺の言葉から色々と察したサンドラはそう言ってくれた。


「それはともかく、お守りは試作してみようと思う。眷属の作ったものだから効果は保証できないけどな」


「それ、シュルビア姉様の分しかないのかしら?」


「……?」


 突然のサンドラの疑問を理解できなかったのが表情に出たのだろう。横にいたリーラが静かに言葉を沿える。


「聖竜様の眷属のお守りならば、お嬢様の分もあれば有り難いと思うのですが」


 そういうことか。


「俺は不器用だからな。きっと沢山作ることになる。そのうちの良さそうな物を選んで貰う形で良いか?」


「ええ、ありがとう。大切にするわ」


 まだ貰ってもいないお守りについてサンドラはそう言ってくれた。果たして、俺にまともなものが作れるだろうか。


「そうだ。南部に行ったんだが、マイアがかなり探索しているようだな。なにかあったのか?」


「ああ、それね。ちょうど相談しようと思っていたことがあるの」


「相談? 俺が力になれそうなことなのか?」


 現状の聖竜領で俺がサンドラから相談を受けるような事柄はそれほど多くはない。専門家と部下が増えたおかげだ。


「お父様から連絡が来てね。南部の開発について専門家が派遣されることになったの。その、建築関係のね」


「なんだと。いや、それもそうか……」


 ハリアの湖周辺は別荘地になる予定だ。しかもイグリア帝国皇帝の別荘の建築が決まっている。相応の物を作るために専門家がやってくるのは想像に難くない。


「つまり、問題はスティーナだな」


 俺の言葉にサンドラが厳かに頷いた。

 聖竜領の大工スティーナ。彼女は聖竜領南部の建築についても自ら関わるつもりで冬の間から準備をしている。俺達もスティーナ主導で作業するものと自然に考えていた。


「専門家の人も現地の職人から話を聞くという手はずになっているわ。お父様の人選だから無下にはされないと思うけれど……」


 サンドラの父は仕事の面は非常に優秀だ。やってくる建築家も技能と性格がともに厳選されているはず。

 だからといって、自分の仕事を横取りされる形になるスティーナが納得してくれるだろうか。


「私個人としては、スティーナの仕事量が増えすぎているからこの流れは歓迎しているの。実際、お酒の量が増えてるって心配されてるみたいだし……」


「ああ、無理をして体を壊されでもしたら困るな」


 スティーナは聖竜領に必要な人材だし、現状は最適とは言えない労働環境にある。


「だから、頑張って話をしてみるつもりだけれど……。アルマスもスティーナに相談されたら上手く言って欲しいの」


 若干申し訳なさそうに言われたが、サンドラの言いたいことは理解した。


「わかった。俺の方からもなんとかしてみるよ。……実際どうなるかはわからないな」


 この件は俺とサンドラの話術では無く、やってくる専門家とやらとスティーナが出会った時の反応が問題になる。

 上手く仕事仲間になってくれればいいが、そうでなかったらどうしようもない。


「考えてみれば『聖竜の試し』のことも知られているわけだし、相当人選は考えられているはずだ。安心しろ、サンドラ」


 元気づけるためにそう言うと、サンドラは目を逸らしながらそう言った。


「お父様の人選は信じているけれど、スティーナがね……」


「……酒が入る前に話をしようと思う」


 どうにかそう言うのが精一杯だった。

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