第168話「やはりあの建築家ただものではない」
「さて、どうしたものかしら……」
聖竜領。領主の館、執務室の中で机の上の書類を読みながらサンドラはそう言って軽くため息をついた。
室内ではリーラと事務係の眼鏡のメイドが静かに仕事をしており、こちらはいつも通りだ。
いつも通りでないのは、サンドラの今の発言だった。
「珍しいな、サンドラが困るなんて」
「アルマスは読んでないのね、これ」
「ああ。量が多いし、俺の担当では無いと思ったんでな」
サンドラが「これ」と言ったのは俺が南部から持ち帰った、建築家のリリアが作成した書類だ。
「そんなに厄介なことが書いてあったのか?」
リリアの書類は量が多い。一抱えくらいあり、俺とトゥルーズが乗った馬車にも追加の紙が乗せられていた。まだ何かしら書くのだろう。
話が長くなりそうだったので手近な椅子に座ると、サンドラはペンを置いてお茶に手を伸ばした。
「書類の内容は大きく分けて三つ。一つは聖竜領南部の開発の具体案。私とお父様向けね。湖の一部を上品な感じの石造りの広場や道を作って、木組みの家を建てたいみたいね。もう一つは部下への発注書……」
「最後の一つはなんだ?」
「皇帝陛下へのお願い。あ、ちゃんとわたしにも目を通すよう書いてあったから問題ないのよ?」
そう断りつつ、サンドラは言葉を続ける。
「書かれていたのは別荘地開発について人材の確保よ。石材の調達、加工のためにドワーフかそれ相応の腕前を持つ職人を十人以上欲しいと」
「……それは……大変だな?」
色々考えながら感想を言ったら疑問系になってしまった。十人以上のドワーフ並の職人を確保できるのか、聖竜領で長期間どう滞在させるのか、そもそも石材は? など疑問点が多い。
「石材に関しては南部の山地に使えそうな場所があったそうなの。人を確保できても、辺境の聖竜領の更に辺境でどうやって働いて貰おうかしら……」
サンドラは俺の口調に対して特に咎めることなく頭を抱えた。
南部の山地というのは聖竜領の最南端だ。野営好きとはいえ、短期間でそんな遠くまで行って現地調査を済ませるとは、やはりあの建築家ただものではない。
「すぐにどうこうするのは難しいように思えるんだが」
「ええ、わたしもそう思う。多分、お父様はわたし達に時間を与える意味もあってリリアを派遣して来たんだと思うわ。スルホ兄様に聞いたら、彼女は良い仕事はするけど時間がかかることで有名だそうだから」
「たしかに。この分だと南部に港を作るなんていつになるかわからないからな」
というか、この別荘地の整備だけで五年以上かかるんじゃないだろうか。そのくらい時間があれば聖竜領はもっと豊かになるだろうし、人も増えてサンドラの仕事も落ち着くはずだ。
あの父親のことだ、そこまで考えての人選だろう。
「ありがたいけれど。問題もあるの。皇帝陛下の別荘を作るのが決まっている以上、早めにそれなりの形にしなければいけないと思うのよね。多分来るし。完成形が見えなくてもいい、それなりに整ったものが……」
真面目に取り組んでいますという証明が必要と言うことだ。
父親に協力して貰えばそれなりに時間が稼げそうなものだが、生真面目なサンドラらしい考えだ。
あるいは、領主として自立しているところを見せたいのかもしれない。
「ねぇ、アルマス。今、わたしを子供扱いするときの目になっていたのだけれど」
「いや、そんなことはないぞ」
危ない、一瞬年相応だなとか思ったのを見抜かれてしまった。
「俺の方でも協力できそうなことはするが、問題はドワーフ並の職人だな」
「そうね。こればかりはお父様に相談ね」
俺もサンドラもドワーフの人脈が豊富とは言いがたい。ここはイグリア帝国の力に頼るとしよう。
「ドーレスなんかは商人としてそこら中を旅していたが、どうなんだろうか?」
元行商人のドーレス。彼女はドワーフ王国出身だし、それなりに知り合いはいるはずなのだが。
「一応聞いてみるけれど、大きなところとの繋がりは期待できないかも。ドワーフ王国に居ずらくて商人になったって聞いたことがあるの」
初耳だが、わからない話でもない。聖竜領のドワーフ二人は、ドワーフ特有の頑固さがあまりない。出身地であるドワーフ王国での居心地は良く無さそうだ。
「俺の方でどうにかできそうなのは石切場だな。リリアの見つけた場所でゴーレムを大量生産して南部まで移動させよう」
聖竜領にサンドラ達がやって来た年、領地同士の小競り合いに対応するため俺とロイ先生はゴーレムを大量生産した。
その時のゴーレムは聖竜領の近くに置いておき、素材として重宝している。
今回もそれをやろうということだ。
「そうね。大変だと思うけれど、お願いできる?」
「もちろんだ。……できるのはもう少し余裕ができてからになりそうだがな」
聖竜領は現在も大規模工事の最中だ。ロイ先生も忙しく、ここで追加の仕事は大変危険だと思われる。
「せめて、魔法陣の作成だけでもお願いしておきましょう」
「それなら東都の魔法士に頼んでもいいな。第二副帝へ頼むなら、俺も一筆書こう」
そう言うと、サンドラは明るい声で「ありがとう」と言ってきた。
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