第159話「なんだその印象は」
聖竜領が賑やかだと言うことは、隣接する町であるクアリアも賑やかだと言うことだ。
というより、クアリアの街はこの数年で町の様相が変わりつつある。
原因は言うまでもなく聖竜領だ。皆の活動に会わせて建築関係の職人とゴーレム関係の魔法士が増え、関連施設とそちらの人口が増えている。
また、聖竜領の特産品の殆どはクアリアに出荷されているのでそれ目当ての商人も増えたという。
俺が始めて訪れた時よりも魔法士や職人達の工房が増えて、そちらの区画が拡張され、人口もそれに合わせて増えている。
領主の土地に余裕のあった郊外の辺りに大きな建物が増えてるし、俺を見て会釈する魔法士なんかもたまにいる。
街道のレール設置作業の確認とちょっとした仕事を兼ねて、年々賑やかになっているクアリアの町並みを眺めながら俺はのんびり歩いていた。
今歩いているのは領主の屋敷へ向かう大通り。道沿いには比較的高級感のある建物が並んでいる。ここもまた、増改築が結構あるところだ。
「……ここだな」
その一画で俺は足を止めた。濃い茶色を主体とした古い木組みの建物だ。高さから見て三階建てくらいあるだろうか。
一階部分は店舗になっていて、外から中の様子が見えた。
店内では見知ったドワーフが忙しそうにしている。
「失礼する。様子を見に来たよ」
「アルマス様! いらっしゃいませです!」
中に入ると小さな箱を持っていたドーレスが元気よく挨拶してくれた。
ここはダン商会クアリア支店。忙しく働くドーレスはここの支店長である。
「大分忙しそうだな。大丈夫か?」
「支店長といっても三人だけですから。冬の間に準備できたとはいえこれからです。あ、でもこの眷属印のハーブは早速売れたですよ」
そう言って、持っていた小箱を俺に見せてきた。箱は白く綺麗に塗られており、聖竜領の紋章が描かれた上で番号が振られている。中に入っているのは俺の育てた薬草類のようだ。
俺が作った眷属印の品は全てこういう扱いで、金額もそれなりだ。
「もう売れたのか? まだ開けたばかりだろうに」
「東都とか帝都で噂を聞いた人達が待ち構えてたです。普通に売るとあっという間に在庫切れになっちゃうから、対策を考えるです」
「役に立てそうで何よりだよ」
「役に立つだなんて。あ、できれば獣避けのポプリは増産できないですか? クアリアの農地が広がってるから農家の皆さんが欲しがってるです」
「む、農家の力にはなりたいな。しかし、畑は俺一人でやってるからな……。なにか対策を考えてみるか」
薬草やハーブ類を商人向けの売るならともかく、クアリアの農地は聖竜領にとっても大切なものだ。できれば力になりたい。
「なにか思いついたらよろしくです。アルマス様、クアリアでも人気ですよ」
「それは有り難いことだ。ところで、上はどうなっている?」
「ちょうどさっき帰ってきたところですよ。お会いするですか?」
「ああ、ちょっと話が用件があってな」
ダン商会クアリア支店の建物には特別な機能がある。聖竜領にとっても必要なもので、俺はその確認に来た。
「あちらの階段からどうぞです。あ、品出しするならあてくしと一緒にですよー」
俺に階段の位置を指し示すと、ドーレスは従業員の作業に加わっていった。
忙しそうだ。今度差し入れでも持って来よう。
○○○
「ようこそ。聖竜領クアリア出張所へ」
「わざわざありがとうございます。アルマス様」
二階に上がって『事務所』と書かれた扉を開くなり、俺にそう挨拶したのはマノンとマルティナだ。
聖竜領の拡大に伴い、頻繁にクアリアと行き来するマノンのため、ここに出張所が置かれることになった。いつも人がいるわけではないが、出張の多い時期は彼女はこの部屋で聖竜領の顔として活動することになるようだ。
「せっかく聖竜領に慣れたのに大変だな」
「必要なことですから。ここにいるだけでサンドラ様の負担を大分減らせますよ」
書類の山を指し示しながら言うマノン。この出張所については、サンドラの代わりにクアリアに出張するのが多いのを受けて領主と副官は念入りに話し合って決めた。
「すでに大分忙しいようだな」
「今年は仕方ないですね。でも、代わりの人員の目処がついたら私は聖竜領に戻るつもりですよ。多分、サンドラ様はもっと忙しくなるので」
「代わりの人員が見つかれば、ですが」
「…………」
マルティナの一言に俺とマノンは黙り込んだ。
この出張所の人員は聖竜領へなにか頼みに来る人へ対応したり、クアリア領主を始めとした面々との話し合いも行う。簡単に代わりの人は見つかるような仕事ではない。
「なにか、知り合いにあてはないのか?」
「さすがに難しいですね。サンドラ様がお父上に相談していると思いたいですが」
多分、しているはずだ。彼なら的確な人材を送り込んでくれるだろう。いつになるかわからないが。
「恐らく、今年は秋の収穫祭までわたくし達はこちらでしょうね。お茶でよろしいでしょうか?」
軽く苦笑しながらマルティナが言ってきた。戦闘メイドだが、リーラと違って彼女は感情豊かだ。
俺は頷きつつ、近くの椅子に座る。
「ところでアルマス様。なにかご用件はありますか? ただの様子見ということはないでしょう」
笑みを浮かべたマノンがそう問いかけてきた。さすがだな、よくわかってる。
「実は、聖竜領の女性陣から頼み事をされてな。クアリアで話題の店なんかを教えて欲しい」
クアリアは変化している。流行も、店も色々と増えたり変わったりしている。ちょっと様子を見にいくと言ったら、事情通のマノンに色々聞いて欲しいと頼まれたのである。
「…………」
「なんだ、その顔は」
なんだかマノンが呆然としていた。
「いえ、アルマス様って、こういう雑用みたいなことするんですね。もっと恐い人かなと」
なんだその印象は。いや、考えてみればマノンとの出会いを考えれば仕方ないのか。仕事以外じゃあんまり話すこともなかったしな。
「そのくらいはするよ。それに、俺も美味い料理を出す店なんかは気になるんだ」
そう答えると、マノンとマルティナはわかりやすく笑顔になった。
それからしばらく、俺達は最近のクアリアについて楽しく話をしたのだった。
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