第158話「メイド服、量産したら売れるんじゃないかな。」
聖竜領にある唯一の宿屋、そして雑貨屋であるダン商会の店はとても賑わっていた。
「忙しいのは良いことだと思うが。今年は凄いな」
昼前に軽く休憩のつもりで立ち寄ったのだが、座る場所が無い。
テーブルは聖竜領で働く人々や訪れた商人達で埋まり、そこらじゅうから注文とそれに答える声が聞こえる。
「アルマス様、こちらへ」
声のした方を見ると、カウンターの向こうでダニー・ダンが呼びかけていた。その前だけ席が一つ空いている。
「すまないな。ちょっと休憩に来ただけなんだ。すぐ帰るよ」
「お気になさらず。そろそろ一度落ち着く頃ですから」
そう言って、俺の前にお茶の入ったカップが置かれた。
「春になると一気に人がやってくるとは思っていたが、想像以上だな」
「ええ、冬の内にクアリアから人手の確保をお願いしていて助かりました」
「見ない顔がいると思ったが、そういうことか」
注文を受けているのは全員メイドなのだが、見覚えのない者がいた理由がわかって得心する。
「なんでメイド服なんだ? リーラ達が呼び寄せたわけではないんだろう?」
「それが、クアリアではあの服が評判らしくて、希望されまして」
「世の中わからないものだな……」
「まったくです」
メイド服、量産したら売れるんじゃないかな。
それはそれとして、俺もダニーに話したいことがあった。
「外の方で、新しい店を作る準備をしているみたいだな」
そう言うと、一瞬だけダニーが動きを止めた。
「そのようです。東都の商会から派遣された責任者が下見に来ているそうですよ」
ここに来る途中、身なりの良い女性が作業員達と共に土地の確認をして何やら話していた。 気になったので軽く挨拶したら、ダニーの言うとおりのことを教えられた。
「挨拶に行かないのか? 商売敵とはいえ、ご近所なんだし」
それに偵察の意味でも挨拶は重要だ。ダニーもそれは承知しているだろう。
「顔見せに行こうとは思っているんですけれどね。ちょっと、タイミングをはかっていたといいますか」
ダニーは歯切れ悪くそんなことを言った。
「もしかして、気後れしてるのか?」
「……ちょっとだけ」
「クアリアの商人とは普通にやりとりしているし、第二副帝どころか皇帝にまで会ったことがあるだろうに」
「身分の高い方と会うのと、大商会の同業と会うというのはちょっと気分的に違いまして」
なるほど、そういうものか。
「やはり、大商会の人となると、知識も経験も豊富なんでしょうねぇ」
「君も魔境と呼ばれた地を切り開いて商会を立ち上げた商人だろうに」
多分、帝国内では他の誰も経験してないことだろう。
「そう言われるとちょっと自信が出る気がしてきますね」
「立派にやってると思うぞ。俺は」
「ありがとうございます。あの、挨拶に行こうと思うんですが」
「良ければ俺も一緒させてくれ。大商会の人間というのに興味がある」
とりあえず、そういうことになった。
○○○
新しい商会の建物建設予定地は、宿屋から少し町の中心に近い辺りだった。
今は何もない草原に測量でもしているのか、職人達が広い敷地をとって作業している。
俺とダニーはその中で三人と話し込んでいる女性のところに向かっていく。
俺が声をかけようとしたら、横からダニーが前に出た。ちょっと緊張しているように見えるが、覚悟は決まったようだ。
「失礼します。こちらにいらっしゃる商会の代表者の方でよろしいですか?」
そう問いかけると、女性が振り返った。
亜麻色の長い髪に、柔らかく知的な印象を持った美人だ。
「はい。アーミッシュ商会のジェニファーと申します」
「はじめまして。ダン商会のダニー・ダンです。こちらは……」
「存じております。聖竜様の眷属、アルマス様ですね」
そう言いつつジェニファーはにこりと笑った。柔らかいという印象だとアリアに似ているが、こちらはちょっと怖さがある笑みだ。そこは商人ということだろう。
「実はさっき挨拶をすませておいた。宿屋に来る前にな」
「そうでしたか。申し訳ありません、挨拶が遅れて」
「いえ、大分忙しいようですから。本来ならこちらから挨拶をするべきところをわざわざありがとうございます」
「このくらい当然ですよ。ところでここにはどのような建物が……」
「それは……ところでそちらの宿屋、増築した様子が……」
俺の目の前で早くも商人の話し合いが始まった。
これは腹の探り合いというやつだな。相手の目的、性格、商売の規模などをさりげなく引き出そうとしている。
ダニーとジェニファーの会話によると、どうやらここにアーミッシュ商会のちょっとした商店ができるようだった。宿の施設も併設されるが、そちらは金持ち向けの部屋になるようだ。
「ところでダニー商会長。この聖竜領の特産品についてですが、取り扱いは可能でしょうか?」
「…………意外と難しい問題でして」
無言になったダニーがこちらを見た。
「特産品に関しては領主からの取り扱い許可証が必要だ。エルフのものや、ハーブ類はな」
「では、聖竜様の眷属の作ったものはどうですか? そちらは領主様とは別扱いと聞いていますが」
我々なら色々と融通が効きますよと暗に示しながらジェニファーが言う。
「基本的には領主の買取、一部がダン商会だな。そちらへの取り扱いは今後次第だ」
彼女が保管用の魔法については知っているかはわからない。とりあえず黙っておくほうが得策だろう。魔法に関する商談はサンドラの協力が必要だ。俺一人でやるには金額が大きすぎる。
「……と、話しすぎましたね。すいません、お仕事の邪魔をして」
「いえ、良いお話ができました。興味深い土地ですね」
「色々と言いましたが、新しい商会が来てくれるのは正直助かります。店舗一つでは、この領地を支えきれないと思いますので」
「はい。一緒にこの地を盛り上げていきましょうね」
なんだかんだで、最終的にダニーとジェニファーは握手を交わしてその場を納めた。
とりあえず、新たな商会が上手く馴染んでくれることを祈るばかりだ。
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