第160話「やはり、しっかり聞いていらっしゃったか。」

 俺がクアリアに来た理由は、ダン商会の支店等を見学する以外にもあった。

 クアリア領主のところへの納品だ。

 今回納品するのはハーブ類と薬草と魔法草が少々。獣避けのポプリなどもいくつかある。

 領主との付き合いは大切なので、情報収集なども兼ねてたまに直接納品に向かうことにしているのだ。


「アルマス様、いつもありがとうございます。春になってから客人から聖竜領の品について問い合わせを受けることが多くて困っていたのです」


 事前に訪ねることを伝えていたら、出迎えてくれたのはスルホの妻であるシュルビアだった。彼女の来客のために用意された白を基調とした清潔感のある部屋に通されると、既にお茶と菓子が用意されていた。


「そんなことになっているのか。もっと用意した方が良かったかな?」


「いえ、今のままで良いそうです。特に眷属印は数が少なくて貴重なほうが、贈り物としての価値も上がりますから」


 そういうものか。値段も上がりそうなので俺にとっても悪くない話に思える。


「こちらに来てそれほどたっていないのに、随分と馴染んでいるようでなによりだ」


 シュルビアが結婚式を挙げたのは昨年。それからしばらくして、クアリアにやってきて生活を始めたわけだが、大分落ち着いているように見える。


「元々、病気の療養でよくこちらに来ていましたから。体調が良いですし、皆さん良くしてくれます。夫は少し忙しそうですが」


 クアリア領主スルホはとても忙しい。聖竜領の発展に合わせてクアリアにも人がやって来ている関係だ。サンドラと話を合わせて聖竜領へ干渉しようとする者への緩衝材のような役割まで担ってくれている。


「スルホの仕事量が増えているのは少し責任を感じるな。なにか埋め合わせができればいいんだが」


「そこまで気にかけていただかなくて良いのですよ。あ、でも一つお聞きしたいことがありました」


 そう言うとシュルビアは立ち上がり、近くの壁に飾られていた装飾品を持って来た。黒い長方形で中心にイグリア帝国の紋章とそれに連なる幾何学模様が描かれた物だ。ぱっと見た感じ、魔法具の類いでは無い。

 アクセサリにしては大きいし、高級感があるから装飾品だと思ったのだが、別の意味があるのだろうか。


「これは?」


「イグリア帝国初代皇帝のご加護があるという護符です。家を守り、繁栄させると言われています」


「お守りとか、そういう類いのものか」


 帝国の初代皇帝は現在でも人々から敬われている。それを受けて作られたということだろう。


「この世界を創造した六大竜の一つ、聖竜様にもこういったものがないのかな……と」


 わかる話だ。聖竜様のみならず、眷属である俺ですら、普通に畑で作物を作るだけで大きな効果がある。それを知っていれば、お守りの類も相当に効果的だという発想にいきつくだろう。

 たとえば、俺が適当に木彫りの護符でも作っただけで何らかの効果が発生するんじゃないだろうか。


「ちょっと待ってくれ。聞いてみる」


 そう言うと俺は精神を集中させ、聖竜様に問いかけた。


『というわけで、実際にお守りとかそういったものはどうなんでしょうか?』


『すごく曖昧な問いかけじゃのう。まあ、聞いておったからわかるんじゃが』


 やはり、しっかり聞いていらっしゃったか。


『実を言うとの、よくわからないんじゃ。実際に何らかの効果が発生するかも知れんが、確認する術がない。いや、あからさまに凄い力を発揮すれば別なんじゃが』


 聖竜様の返答も俺の問いかけと同じくらい煮え切らないものだった。


『石像が突然光ったりと色々ありますから、なにかを期待してしまいますね』


『うむ。しかしあの石像についてもワシの領域の近くにいるから起きた現象じゃろうしなぁ』


『つまり、やってみないとわからないということですね』


『そうじゃな。ただアルマスお主、お守りとか作れるのか?』


『……ちょっと考えてみます』


 こう見えて、手先の不器用さには自信がある。例えば俺が木彫りの聖竜様像などに挑戦したらとんでもない物が誕生してしまうだろう。


「話が終わった。なんとも言えないみたいだ。実際にお守りに効果があったか確認する術もないしな」


「そうでしたか」


 シュルビアはちょっと残念そうな顔をしていた。家庭円満、子孫繁栄は誰だって願う。領主の妻なら心配事も多いだろう。その助けになるならという発想だったのだろう。


「効果があるかわからないもので良ければ、なにか考えてみるよ。気休めかもしれないけれどな」


「まあ、わざわざありがとうございますっ」


 俺が気軽にそう言うとシュルビアはわかりやすく表情を明るくした。

 これは期待に応える何かを用意してあげたいな。

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