第147話「満足気だ。状況は全く進展していないというのに。」

「ありがとう。アルマス殿」


 応接室を出るなりヘレウスにいきなりお礼を言われた。

 なんのことだ、と問いかける前に、嬉しそうに彼は言葉を続ける。


「あんなに娘と言葉を交わせたのは初めてだ。貴方の言うとおりにして正解だった」


 満足気だ。状況は全く進展していないというのに。


「いや、あれでは駄目だろう。このままでは仕事の話だけで終わってしまう。父親として接しないと」


「……娘と話すのが楽しくてそこに気づかなかった。なんということだ」


 俺の指摘に驚愕するイレウス。ほんとに気づいていなかったのか。


「サンドラの方も貴方と同じく仕事として接するのを選択したように見える。さすがは親子だな。食事の時間を利用して対策を考えよう」


「さすがは親子……か。少し照れるな」


 対応に困る反応を返されたので俺は返事をせずに食堂への経路を歩く。慌ててついてきたヘレウスが口を開いた。


「アルマス殿。思うんだが、このまま時間をかけてゆっくり理解を深めるという方法は……」


「残念ながら。生涯仕事としての間柄で終わる可能性がある。似た者同士だからな」


「……たしかに。あり得る話だ」


 容易に想像できる未来に押し黙るヘレウス。

 これで一緒に話し合いができるな、と思っていると廊下に人影が二つあった。

 マノンとマルティナの二人だ。俺達を待っていたのだろう、顔を見るなり一礼される。


「お久しぶりです。ヘレウス様。アルマス様もお疲れ様です」


「申し訳ありません。サンドラ様にヘレウス様の来訪を把握されてしまいました。屋敷の様子が変わったのを察知し、順番に問い詰められまして……」


「聡い娘だ、仕方が無い。二人とも、娘が世話になっている」


 顔見知りらしい三人は和やかな様子で会話を始めた。「聡い娘」のあたり、自慢気だったな。


「セガリエベ家は魔法伯と懇意にしておりますし、サンドラ様の元学友としてお力になれるかと思います」


 この件において、マノンはこちら側ということか。俺達になにかしら助言をするために待っていてくれたのだろう。


「これから昼食だ。その件について相談させて貰えると助かる」


「喜んで」


 そう言って、俺達は食堂へと向かった。


 食堂につくと、同情的な目で見てくるトゥルーズが用意してくれた料理を前に、四人で話しが始まった。


「屋敷の者としてはお二人が和解してくださることを望んでおります。そのために、できるだけのことをしたいとは思うのですが」


 マノンは昨日のうちに屋敷内の人々の意見をまとめてくれていたようだ。方針が定まっているのはありがたい。


「ありがたい申し出だが。サンドラがあの態度ではな……」


「一晩悩み抜いた挙げ句、仕事の顔で接して乗り切ることに決めたようです」


「父親としては、会ってくれただけでも幸運だと思っている。皇帝陛下のおかげだろう」


 たしかに皇帝に頼まれた手前、サンドラも会わないわけにはいかなかっただろう。


「問題は、この後どうするかだな。いっそ二人きりになって親子水入らずで話してもらうとかどうだろう?」


「いや、それはまだちょっと恐い」


 無難だと思った案は、即答で否定されてしまった。マノンとマルティナは表情一つ変えていない。さすがは貴族と従者といえる。


「やはり、時間をかけて距離を縮めていきたいと思うのだが。慣れてくれば、話題の幅も広がってより気安くなると思う」


 どうだろうか、とヘレウスは俺に問いかけてきた。


「気長な話になってしまうな。そもそも貴方はそんなに頻繁に聖竜領に来れないだろう?」

「たしかに。とはいえ、魔法伯の職を辞するわけにいかない」


 そう言うヘレウスからは強い責任感を感じた。こういう姿を適時サンドラに見せていれば、もうちょっと良い関係を築けたのではないかと思うのだが。いや、今は言うまい。


「できる限りのことをしてみよう。ちょっとサンドラのところに行ってくる。すまないが、この場はマノンにお願いする」


「む、大丈夫なのか、アルマス殿」


「こちらはご心配なく。存分に話し合いをお願いします」


 立ち上がった俺を見て、正反対と行ってもいい反応を見せたヘレウスとマノンを置いて、俺は執務室へと向かった。


○○○


 執務室に到着すると、サンドラはリーラと食事中だった。メニューは俺達と同じ、多分、メイドに運ばせたのだろう。


「一緒に食べればいいのに……」


「なかなか難しいことを言うのね。それができないから、お願いしたのに」


 軽くため息をつくと、サンドラはフォークを皿の上に置いた。


「なにを言いたいかはわかっているわ。まさかアルマスがお父様につくとは思ってはいなかったけれど」


「これは敵味方の話ではないだろう。せっかく父親が来てくれたんだ、思うところをぶつけたらどうだ?」


 皇帝に言われて以来、この時については考え続けていたはずだ。もう少し上手く立ち回れないものだろうか。


「頭ではわかっているの。ちゃんとこれまでのことも含めて、親子で話し合うべきだって。実際、そのつもりだったの。でも、いざこうなるとね……」


「屋敷に話が来たのが昨日の夜で助かりました。日中でしたら、クアリアに旅立ちかねない様子でしたので」


「リーラ、それは言わないで。慌てていたの」


 まさか、想像通りの行動を起こしかけていたとはな。


「それで、最終的にあの対応になったわけだな」


「ええ。でも、上手くいったわ。このまま仕事ということで接して、時間をかけて関係を深めていけばなんとか……」


 さすがは親子だ。同じ発想をしている。


「よく似た親子だな」


「なんですって」


 思わず口をついて出た発言に、サンドラが反応した。このくらい素直に受け答えができればいいのだが。


「午後はエルフ村の視察でいいか? サンドラも同行を頼む」


「それでお願い。同行をしないのは、さすがに虫が良すぎたわね」


 そんなことを言うサンドラだが、午後も先ほどと同じ態度を通すことは確実だろう。

 これは言葉を尽くして親子の会話をするように説得するのは難しそうだ。

 なにかきっかけがあればいいのだが。


「わかってくれるならそれでいい。宜しく頼む」


 仕方ない、午後の視察でなにかあることに期待しよう。

 

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