第146話「さて、本当にどうしたものか」

 翌日、昼になる少し前に俺は宿屋にヘレウスを迎えに行った。


「おはよう、時間通りだな」


「ああ、仕事には必要なことだ。……早くも緊張してきたんだが」


「大丈夫だ。俺がついてる」


 不安げなヘレウスと共に領主の屋敷へと向かう。マルティナ経由で話は全部届いているはずだ。サンドラは予定外の行動に弱いし、準備する期間を与えると急ぎの仕事でクアリアあたりに出張しかねない。これでいいはずだ。


 雪の積もった畑の間を通り、丘を登り、領主の館に到着する。

 いつも通りの佇まいの屋敷の前に立ち、ノッカーを何度か叩くと扉が開いた。

 中から出て来たのはリーラだった。

 彼女はヘレウスを見て一瞬だけ眉を動かすと、いつも通り丁寧に頭を下げる。


「おはようございます。アルマス様」


「おはよう。リーラ。実は、客人を連れてきたのだが」


「承知しております。……お嬢様も、お待ちしておりました」


 なんだと。

 そう口にする前に、俺とヘレウスはリーラの向こうにいる小柄な人影に気づいた。

 金髪碧眼の良い仕立ての服を着た、美しい人形のような外見の少女がこちらを見ている。

「おはよう、アルマス。待っていたわ。そして、お久しぶりです。魔法伯、ヘレウス・エヴェリーナ様。ようこそ、聖竜領へ」


 透き通るような笑顔と共に挨拶をしたサンドラは、上品な仕草で一礼した。


「……申し訳ありません。隠し通せませんでした」


 小声でリーラがそう謝罪の言葉を口にした。屋敷の皆の変化に気づいたか。なんとか隠せると思ったんだが。

 そしてこの態度、察するに、サンドラも父親と同じ選択をしたな。仕事として接するつもりだ。


「視察と打ち合わせで訪れた。突然の訪問を許して欲しい。サンドラ・エクセリオ男爵」


「ええ、お忙しいことは存じておりますし、今は時間もありますので、お気になさらず」


 一件和やかな雰囲気で言葉を交わしつつ、久しぶりに出会った親子は笑顔で握手を交わした。

 

 さて、どうしたものか。


○○○


 居心地の悪い空気を抱えたまま、俺達は応接室に通された。

 いつもの来客と同じく、リーラがお茶を淹れ、席に着く。普段と違うのは目の前にサンドラ、俺がヘレウスの隣にいることだろうか。


「突然の訪問。申し訳ない。色々とこちらにも事情があるものでな」


「問題ありません。事前の準備がない状態を視察したかったと理解しています」


「そう考えてくれて構わない。皇帝陛下の報告などでは把握しているが、私が目にしたもので今後の帝都からの支援も決まると思ってくれていい」


「まだまだ小さな領地ですから、すぐに視察が終わってしまうでしょうが、じっくり見て頂ければと思います」


 お茶の準備が済むと、サンドラとヘレウスの仕事の話は順調な滑り出しだった。

 サンドラは数枚の書類を用意し、主に魔法に関することについて説明し、気になる点をヘレウスが指摘していく。


「ゴーレムの扱いに関しては、聖竜領の事例を見て各地で研究したいと思っている。帝国内で最も利用が進んでいるからな」


「それはアルマスのおかげですね。彼は無尽蔵に魔力を供給できますから」


「普通に魔法士を用意すると余計な金がかかるかもしれないな。だが、ロイ先生の考えたゴーレムは利用価値があると思う」


「ただ、ロイ先生とアルマス、クアリアの職人組合で考えた魔法でもあるので、慎重に対応して頂けると嬉しいです」


「承知した……。次に、魔法草の研究についてだが……」


 順調だ。仕事の話は。親子の会話など入る余地は無い。

 ヘレウスはともかく、サンドラはこのまま今回の訪問を仕事として切り抜ける気だ、間違いない。先ほどからたまにリーラが俺の方を見て、視線で「どうにかしてください」と言っている。雄弁な目つきにも程がある。


 生の感情と意見をぶつけあって和解しろとはいわないが、それなりに心を開いた話し合いをして欲しい。というか、それが二人には必要だ。


 恐らく、この状況の突破口はサンドラだ。

 仕事に関しては帝都で百戦錬磨のヘレウスは個人的な感情を完全に廃して動くことができるだろう。むしろ、昨日の俺のアドバイスのせいで完璧にやり遂げてしまうはずだ。

 そこでサンドラである。彼女はまだ若いこともあって、感情的になりやすい面が多々ある。どうにかしてあの仕事面を剥いでやれば、それをきっかけに家族の話に持って行けると思うのだが……。


「アルマス、聞いてるの?」


 考え込んでいたら、サンドラに話しかけられていることに気づかなかった。


「すまない。少し考え事をしていた」


「珍しいわね。普段はそんなことないのに。ヘレウス様の視察の案内をお願いしようと思うの。わたしはちょっと仕事があるから」


 俺が聞いていないうちに全力で逃げの手を打っていたか。そうはさせない。


「いや、彼は魔法伯という帝国内の重鎮だ。君も視察に同行すべきだ。仕事ならマノンが代わりにできるだろう」


「私も是非お願いしたい」


「…………っ」


 俺とヘレウスの発言に、一瞬だけサンドラの眉がつり上がった。


「わかりました。そのように手配させて頂きます」


 すぐに調子を戻したのか、感情の薄い笑みを浮かべてそう返してくる。一瞬、俺の方を睨んできた。なんでだ。


「そろそろお昼時です。食堂に準備があるので、お二人はそちらでどうぞ」


「サンドラは来ないのか?」


「わたしはもう少し仕事がありますので。それに、アルマスはヘレウス様とずいぶんと仲が宜しいようですし」


「……わかった。そうさせて貰おう」


 今、これ以上粘るのは無理がありそうだ。

 態勢を整えるためにも、ヘレウスと食堂に行くのは悪くない。


「食堂へは俺が案内する。行こうか」


「それでは、失礼する」


 俺の言葉に素直にしたがったヘレウスを連れて、ひとまず応接室を退出した。

 さて、本当にどうしたものか。 

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