第145話「そこだけは問いただしておきたい。」

「こうして面と向かったはいいが、なにを話せばいいだろう?」


 ヘレウスがサンドラと会うことについて二の足を踏んでいることはわかった。

 俺個人としては、わざわざ娘に会いに来たわけだし、この親子は一度しっかり話し合うべきだと思っている。

 なんとかしたいとは思う。そのためには、もう少し彼の考えを聞く必要がある。


「この地で娘を助けてくれた礼を言いたかった。頼りない父に代わり、娘とそれに付き従って来た者達への手助け、感謝する」


 そう言って、ヘレウスは頭を下げた。

 彼は魔法伯というイグリア帝国内の重鎮だ。非公式の場とはいえ、この態度はとても大きいと俺は判断した。


「その件は気にしないで欲しい。俺とサンドラは協力者なんだ。こうして文明的な生活を享受することで俺は利益を享受している」


「……情報通り、おおらかな性格のようだ」


「よく調べているな。礼以外に、なにか聞きたいこととかないのか?」


「娘は元気にしているだろうか?」


 間をおかずに真剣な顔でそんな顔で質問が来た。

 直接会いにいけばいいだろうに、わざわざこんなところまで来たんだから。

 思わずそう考え、顔に出ていたのだろう、ヘレウスが自嘲気味に笑いながら言う。


「我ながら情けない話だと思っている。あれだけ放っておいて、今更娘に嫌われるのが恐いのだからな」


「サンドラは元気にしているよ。聖竜領での生活で逞しくなったくらいだ。身体的には成長は見られないが」


「そうか……。母親に似て小柄だからな」


 亡くなった妻を思い返すヘレウスが一瞬だけ、見た目以上に疲れて見えた。彼にもそれなりの事情はあったのだろう。気になるが、詳しくそこを聞くべきはサンドラの役目だ。

 とはいえ、気になることがあるのも事実。


「俺からも聞きたい。なぜ、再婚なんてしたんだ?」


 今の状況を生み出した全ての要因が彼の再婚だ。仕事か政治か、両方の理由があっての行動だろうが、そこだけは問いただしておきたい。


「……昔、ソフィア。サンドラの母に言われたことがある。『あなたは私情が入ると、失敗が多くなって心配だ』とな。その通りになってしまった」


「サンドラからは、殆ど会ったことがないが、仕事は非常にできる父親と聞いている」


「割り切って判断を下せる仕事の世界ではそれなりに有能ということだよ。ソフィアが居なくなった後、殆ど屋敷に帰れない私の代わりに、サンドラと過ごしてくれる家族が欲しかったんだ……」


 なるほど。理解はした。ヘレウスが色々と残念なところも含めて。


「気持ちはわかるが人選を間違ったようだが」


「妻を失って私が不調だったこと、今の妻達が帝国の地方出身で情報が少なかったことが原因だ。そもそも、彼女の本性が出たのはエヴェリーナの姓と力を得てからでな……」


 なるほど。あの女達も、地方にいる時は大人しかったのかもしれない。大きすぎる権力でおかしくなったたぐいか。


「サンドラなら、屋敷とリーラがいればどうにかなったと思うぞ。たまに貴方が顔を見せれば尚良かった」

「……それだけで良かったのか」


 俺の率直な意見に、ヘレウスは驚愕していた。


「忙しすぎて、ろくに娘のことを知らなかったんじゃないのか?」


 思わずそう口に出してしまった。別に説教したいわけではないというのに。


「全てを捨てて、サンドラと暮らしたいと思ったのも事実だ。だが、それにしては私の立場は重すぎた」


 イグリア帝国の魔法を司る者。魔法伯。皇帝からの信頼の厚さも、わざわざ「親子の仲を取り持ってくれ」と言われたことからもよくわかる。

 この男も、色々と苦悩があったことだろう。きっと、それは今も続いている。


 ふと、店内に戦闘メイドのマルティナがいるのに気がついた。どこかからか話を聞きつけて、様子を見に来たのだろう。

 まずいな、今ここで報告が行ってサンドラがやってくるのは望ましくない。


「そして、気がついた時にはサンドラは帝国東部辺境か……」


「驚いた。さすがは私の娘だよ。調べたところ、見事な手際だった。私にできたのは、情報を集めるのと、たまに影ながら支援をするくらいだった」


「支援なんてしていたのか?」


 急に出てきた情報に、ヘレウスは無言で頷く。


「東都経由で来る聖竜領からの書類はできる限り優先して通していた。それと、第二副帝に魔法施設や、人材の紹介なども少しさせてもらった。微々たるものだが」


 いや、微々たるものじゃないと思うんだが。

 全てではないが、サンドラも父に支えられていたと言うことか。


「それだけやって、なんであの女達を止められなかったんだ」


「もう表立って動くのは難しい状況だった。全て、彼女達の暴走と言うことで処理する方が穏便にことを処理できた。私は娘よりも立場を優先したのだよ。情けない話だがね」


 再び自嘲の笑みを浮かべると、ヘレウスはハーブティーを口にした。


「思うに。今の話を全てサンドラに話せばいいと思うんだが」


「……そんなことでサンドラは許してくれるだろうか?」


「わざわざ皇帝を使ってまで外堀を埋めたんだ。話は聞くだろう。印象はマイナスからスタートだろうが」

「うっ……」


 皇帝から「話し合え」と言われた以上、サンドラは一席設けるだろう。それが上手くいくかはわからない。


「そうだな。いっそ仕事だと思って順番に話して謝罪すればいいんじゃないか? 私情が入らなければ優秀なわけだし」


「いや、それはどうだろう。家族との間でそういう考え方は良くないと思う。家庭というのはもっとこう……なにか仕事の関係とは違うと思うんだ」


 俺の建設的な意見はなんだかふんわりした感覚で否定されようとしていた。

 なかなか厄介だな。


 だが、ヘレウスがサンドラのために色々と動いていたということ。サンドラに対して申し訳なく思っていることは確かなようだ。

 せっかくの機会だ、どうにか良い方向に導いてやりたい。


「仕事の顔で接しても、本心から話せばきっと伝わるはずだ。親子なんだからな。それに、今俺が聞いた話はサンドラにもちゃんと響くと思う。貴方は、自分の仕事は信じられるんだろう?」


 その言葉に、ヘレウスが表情を変えた。


「そうだな。どうすればいいかわからないなら、一番自分の得意な形で接してみるべきかもしれない」


 良かった。少し前向きになったみたいだ。

 俺は軽く店内に目配せする。マルティナはまだ居る。根回しするなら今だ。


「微力ながら、俺も協力させてもらう。もう夜なので、明日の昼前に屋敷に向かえば会えるように状況を整えておこう」


 マルティナに頼んで、サンドラ以外の面々に状況を伝えて出迎えの準備を整えて貰おう。

 そう思って、席を立つと、ヘレウスが声をかけてきた。


「アルマス殿、恐いから一緒に来てくれ」


「勿論、そのつもりだ」


 こうなったら最後まで付き合うつもりで、俺は振り返ると了承の返事をした。 

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