第148話「そう、順調だ。とても。仕事としては申し分ない。」
午後になり、俺達は予定通り森の中の視察を行った。
雪は多少あるものの、道は綺麗だし、天気が良いのが幸いだった。特に問題は無く、森の中の畑とエルフ村の案内は進んだ。
そう、順調だ。とても。仕事としては申し分ない。
話し合いは行ったものの、サンドラとヘレウスの関係は全く変わっていなかった。
エルフ村の案内はルゼとユーグが担当したのだが、二人とも時折何ともいえない顔で俺の方を見てきたのがとても印象的だった。
どうにかしたいが、手出しを出来ない。ただし、仕事は順調。
これといった進展がないまま、俺は視察ご一行様を自分の家に招くことにした。
エルフ村と森の見学が思ったより早く終わったので、少し休憩をとなったためである。
「アルマス殿の自宅は、静かで良いところだな。噂通り、魔法のおかげで快適だ」
「噂になっているのか?」
「ああ。帝都の一部の貴族などが情報を得て興味を示している。暖房や保存用の冷蔵、冷凍の魔法などの噂だな」
「それについてですが、もし商売にするなら、当面はクアリアや東都の第二副帝に限定しようかと思っています。アルマスが忙しくなりすぎてしまいますから」
「良い判断だ。金額も含めて、詳しい内容は慎重に決めた方がいいだろう。取引相手についても条件があるらしいと言うことを、それとなく帝都でふれておこう」
「いいのか? 俺としては助かるが」
「仕事のうちだ。たった一人しか使えない魔法が帝国中に広まるのは望ましくない」
たしかに、魔法を長期間固定するのは今のところ俺以外の魔法士にはできないことだ。うかつに力を振るうと、俺が忙しいだけで無く、一大勢力を構築してしまう。
「俺としてはあまり目立った立場に立ちたくないというのが本音だからな。その点で、気づいたことは教えてくれると有り難い」
「私で良ければ力になろう」
俺とヘレウスがそんな会話をしていると、お茶を飲んでいたサンドラが、感心したように言う。
「仲が宜しいのですね」
とても爽やかな笑顔だった。含みがあるとしか思えない。
「ああ、アルマス殿は頼りになるからな」
まるで気にせず、ヘレウスがそう返した。
「エルフ村の魔法草工房は良さそうに見えた。この聖竜領の調査も含めて、帝都に戻り次第、支援の検討を始めよう。他にも、気になった点は第二副帝と協議した上で東部へ何かしらの名目で補助などを行えるはずだ」
「そんなにして頂いて宜しいのですか?」
短いが大きな意味を持つ言葉の数々に、サンドラが驚く。
「陛下が気にする重要な地だ。そのくらいはさせてもらう。遠慮無く受け取るといい」
軽く頷くと、ヘレウスはお茶を口に含んだ。
このまま仕事の関係で和やかになられるだけでは困る。どうにかして二人に親子らしい会話をさせなくては……。
そんなことを考えているとき、ドアを開いて入ってくるものがいた。
ふわふわと空中を漂う、アザラシのような物体。
ハリアだった。冬場は良く酒場にいるので、話を聞いてやってきたのだろう。
「こんにちは。お客さまがいるってきいたから、きたよ」
「そうか。せっかくだから、紹介しよう。こちらは水竜の眷属ハリアだ」
そう言うと、ハリアは浮かんだまま、ヘレウスに向かって全身で一礼した。
「はじめまして。ヘレウス・エヴェリーナだ。水竜の眷属ハリア殿、報告で聞いている。イグリア帝国への協力に感謝する」
「ハリア、がんばってるよ!」
そんな挨拶を交わし、前ヒレを出したハリアと握手を交わすヘレウス。
「報告にもあったでしょうが、ハリアは南部の土地を管理しているだけで無く、空中輸送までしてくれています。とても頼りになるんですよ」
「ああ、そのようだ。皇帝陛下もどうにかして帝都まで飛んでもらえないかと言っていたよ」
「ハリア、帝都にとんでいけるの?」
「今はまだ無理だ。解決するべきことが多すぎる」
「それは、将来的にはわからないということですか?」
「検討はしている。あまり期待しないで欲しい。前例が無いと、時間がかかるものだ」
「なるほど。そういうものですね」
ハリアが聖竜領とクアリア以外の街を飛ぶ際に問題になるのは、その存在そのものだ。竜が飛んでくることのインパクトが大きすぎる。彼に危険性がないことを周知し、帝国内を自由に行き来しても問題がない状況を作るのは骨の折れる仕事だろう。
「アルマス様、きいていい?」
「どうかしたのか?」
怪訝な顔でハリアが俺の前まで浮かんできた。なにが気になったのだろうか。
「ヘレウス、サンドラのお父さんだよね? どうして、他人みたいなの?」
その時、室内の空気が固まった。ずっと静かに佇んでいたリーラなど、目を見開いてハリアを凝視している。
サンドラはカップを手に動きを止めた。
ヘレウスは何事もなかったかのように、お茶に口を付けている。さすがだ。
これはまたとないチャンスだ。ついに突破口が見えた。
俺は今こそ一歩踏み込むことに決めた。
「サンドラは思春期というやつでな。父親と普通に話すのが嫌なんだ。年頃の娘だから、こういうこともある」
「ししゅんきかー」
「………ちがっ!!」
カップを置いたサンドラが抗議の視線で俺を見た。勿論気にしない。年齢的に全く嘘でもないし、状況的に間違ってもいないと思う。
「なるほど。そうだったのか……。すまないな、サンドラ。気がきかない父親で、変な意地をはって、こんな接し方をしてしまった」
俺の発言に思いもよらない変化が起きたのはヘレウスだった。
まるで全てを承知したかのように、穏やかな口調でサンドラに本心を語り始めたのである。
そうか、彼に必要だったのは、自分からこうして語るにたる理屈だったのだな。「思春期の娘」という単語でそれが埋められて、仕事モードから態度が切り替わったのだろう。
「ち、ちがいますっ。いえ、違わないかもしれないけれど。わたしは領主として……」
「領主としてのお前は十分に見せてもらった。今更すぎるだろうが、親として接することを許して欲しい」
「くっ……!」
突如真っ当な態度を取り始めたヘレウスに抗えないサンドラ。
後ろのリーラは「よくやってくれました」とばかりに俺の方を見て高速で頷いている。
「サンドラ、今夜は父親と二人でよく話し合うんだ。俺は昨日、酒場で色々と聞いたよ。君はそれを聞くべきだと思う。領主としても必要なことだ」
「うっ……。ここで拒否したら、本当にただの思春期の子供みたいになっちゃうじゃない」
仕事としての責任感をつつくようにそう言うと、サンドラは観念したように笑みを交えつつ、そう言った。
「今夜はお二人で食事をするように準備をいたしますね」
「わかったわ。色々と話しましょう。考えてみれば、言いたいことは沢山あるの。それも数年分」
「そうだろう。私はお前からどんな誹りも受ける覚悟できた。言いたいことを言いなさい」
サンドラの口調が俺達相手へと似たようなものになった。いつもの調子に戻ったようだ。
ヘレウスも娘から受けるべき言葉が沢山あるのは承知の上のようだ。
「どうやら、なんとかなったみたいだな」
「そうなの? よかったー」
俺の呟きに、功労者であるハリアが気楽な調子でそう答えたのだった。
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