第142話『大商会の店舗とできたてのダン商会が競争することにならないだろうか。』

 冬のある日、ドーレスが聖竜領に帰ってきた。

 行きは大量の特産品を荷馬車に載せて。帰りは大量の物資を乗せてだ。

 今回は帝国東部を軽く回るという話で予定通りの期間である。

 しばらく雑貨屋にちょっと珍しい物が並んだり、トゥルーズの料理に変わったものが出るようになるだろう。


 そして、彼女が持ち帰る物の中で、物資以上に重要なものがある。

 それは情報だ。

 ドーレスは早速屋敷に招かれ、俺とダニー・ダンも呼び出された。

 話をするのは執務室ではなく、最近片づけられて応接室として整えられた部屋だ。

 執務室は人が増えて多人数で話し合いをするのに向かない感じになってきたからな。


 俺の隣にサンドラ、その後ろにリーラ。机を挟んでドーレスとダニーという配置で穏やかな情報交換は始まった。


「やっぱりこのお屋敷は快適です。魔法の暖房のはありがたみを感じるですよ」


 暖かい部屋で暖かいハーブティーを飲みながら、ほっこりした表情で言うドーレス。その満ち足りた様子から、今回の行商が上手くいったことがよくわかる。


「お疲れ様。外の様子はどうだった?」


「穏やかなものです。これといった騒ぎもなく、商品の値段が上がって困るっていうこともないです。持ち出した特産品に魔物の素材もよく売れたですよ」


「素晴らしい売り上げでした。ドーレスさんへの給金も弾まないと」


「えへへです。でも、聖竜領の特産品が売りやすくなってるおかげでもあるですよ。帝国東部では大分評判になってるです」


「そうなのか?」


 俺がそう口にすると、ドーレスは楽しそうに言葉を紡ぐ。


「はいです。まずは、眷属印を初めとしたハーブ類が評判ですね。魔物避けのポプリはクアリア以外でも大分聞かれたですよ。エルフの皆さんの作った工芸品や携行食も一緒に買われたです。それと、魔物の素材もですね。氷結山脈産は珍しいですから」


「ドーレスの見た感じ、うちは良い印象をもたれていたかしら?」


 サンドラの問いかけにドーレスは頷く。


「聖竜領までの道のこととか、時間とか、宿とか。どこと商売すればいいかとか結構聞かれたです。まずは興味から始まってる段階だと思うです。聖竜領がどう評価されるかはこれからだと思うです」


 現状ではクアリアから聖竜領に来る商人はそれほど多くない。しかし、そろそろ商人達がやってきてそちらの忙しさも増すんじゃないかと思わせる情報だ。

 俺と同じ考えになったらしいダニーが顎に手をやりながら軽く唸った。


「先日、クアリア経由でダン商会が東都の行政機関に登録されたと連絡がありました。形式的には整っていますし、ドーレスさんが帰ってきた今のうちに支店を出す話を動かすべきですね」


「おお! さすがは会長です! あてくしも頑張るですよ!」


 どうやら、冬が本格化する前からの話がここで一気に動くようだ。


「クアリア支店の話はマノンに任せているから一緒に協力してね。もういくつか店舗の候補を見つけているから、二人にはそれを見て欲しいの」


「それと、現地の従業員ですね。しばらくはドーレスさんに支店長をやってもらうことになりますが……」


 良いでしょうか? という視線に受けてドーレスは胸を張る。


「まかせてください! 支店の営業を見事軌道にのせてみせるですよ! さしあたって、アルマス様。最近、魔物の素材とか増えましたですか?」


「さすがに冬の氷結山脈に入る者はいないよ。だが、秋に帝国五剣が暴れた時に確保した素材をエルフの村の向こうに保管場所を作って置いてある。魔法で冷やしてあるから品質も良いはずだ」


「ありがたいです! 金額的には眷属印が一番なのですが、大量に用意できませんからね。魔物の素材はお店に並べると結構目玉になるかもなのですよ!」


 ちなみにエルフの生産品もそれほど安いわけではない。ただ、人口が少ないこともあり、こちらも量が用意できないのだ。


「前にも話したように、聖竜領に沢山の人を受け入れる態勢が整うのは来年以降だと思うの。ドーレスが経営するダン商会クアリア支店ができるだけ商人を受け持ってくれると助かるわ」


「承知してるです。あてくし、聖竜領で救われた恩返しと新しい商売でわくわくするですよ!」


 店を任される、新しい商材を持たされる、どちらもドーレスのやる気を引き出す材料として十分なようだ。あまり頑張りすぎないか心配だ。


「では、マノンと日程を調節しつつ三人はクアリアに行ってね。それとは別に、宿屋に併設してる雑貨屋の増築も進めないと」


「スティーナが忙しくなるな」

 

 その名前を聞いて、サンドラが少し申し訳なさそうに笑みを浮かべた。


「スティーナのところで増員も計画しているわ。それと、春以降に一店舗か二店舗だけれど、どこかの商会が小さなお店を出したいと言ってきてるわ」


 その言葉に、ダニーとドーレスが静かになった。

 サンドラは構わず続ける。


「店舗としては小さいし、内容は雑貨屋さんのようなものになるわ。実質的には聖竜領の特産品を仕入れて、東都や帝都に送るためのお店になるでしょう」


「それは、大丈夫なのか?」


 大商会の店舗とできたてのダン商会が競争することにならないだろうか。

 俺のそんな心配をくみ取って、サンドラは首を振る。


「ダン商会には聖竜領も出資しているもの。優先的に特産品やハーブを卸すようにするわ。それに、アルマス。眷属印を初めとしたあなたが作っているものは、どこに販売するのか領主は決められないの」

 

 そうだ、ずっとサンドラやダン経由で売っていたから気にしていなかったが、俺の作ったものは自分の判断で取り扱っていいものだった。


「たしかにそうだな。当面は付き合いの長いところにお願いするとしよう」


 その言葉にドーレスが満面の笑みになった。


「さすがに領内にダン商会のお店だけというわけにはいきませんからね。承知しました」


 ダニーの方もゆっくりと頷いて了承してくれた。商人達にとってはここからが戦いの始まりと言うことだ。


「とりあえず、今日のところはドーレスが無事帰ってきたお祝いも兼ねて、酒場でご飯を食べましょうか。せっかくだから、トゥルーズも休ませましょう。リーラ、お願いね」


 サンドラの指示を受けて、静かに佇んでいたリーラが無言で頷いた。

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