第140話「よし、とりあえず寝るんだ」

 街道工事の手伝いと天幕張りの作業は五日ほど続いて一段落した。ゴーレムを造り終え、魔法を設置してしまえば、俺は少し時間が空く。


 今後のこともあるので、聖竜領へ行きスティーナの工房も訪れた。

 屋根付きの作業場と小さな家屋で構成されたこの場所は、今後しばらく聖竜領で最も忙しい場所になるはずだ。

 俺が手土産片手に近づくと中から木材を加工する賑やかな音が聞こえてきた。


「大分忙しそうだな」


 工房内を見渡すと、元護衛の男二人に農家やエルフから手助けとしてやって来た人員が忙しそうに働いていた。南部に向かって川を使って運ばれる建物用の建材が片隅に積み上げられている。


「おや、アルマス様、どうかしましたか?」


 元護衛の一人、ゼッテルが俺に気づいてやってきた。その手には工具が握られている。すっかり大工が板に付いたようだ。


「街道工事の方が俺の分は一段落したんで様子を見に来たんだ。あそこのやつは南部に運ぶ予定のものか?」


「ええ、丸太でイカダを作って一気に運ぶ予定っす。イカダもそのまま陸にあげて、現地の材木にしようって話になってるっす」


「なるほど。それはいいな」

 

 南部は最近植生が復活したばかりの草原で木が存在しない。そのまま現地で利用できるのは役立ちそうだ。


「小屋の方の部品も大分できているみたいだな」


「簡単なものっすけどね。冬の間にいくつか小屋を建てたいっすね」


 簡単な小屋であっても、湖の辺りに滞在できる拠点があれば、できることは増えるはずだ。こちらの方もいつくらいから進められるかよく相談する必要がある。


「そういえば、スティーナが見当たらないな。様子を見に来たんだが」


「姉さんなら、小屋の方で図面を書いたりしてるっす。打ち合わせとかもあって、あんまり工房に出てこれてないっすね」


 少し心配そうな顔でゼッテルが言った。いつも元気なスティーナから容易に想像がつくが、周囲が心配する働きぶりらしい。


「体調を崩したりはしていないか?」


「今のところは。でも、心配っすね」


「わかった。ちょっと話をしてくる。それと、ここにいる全員が多忙だ。無理してルゼの世話にならないようにしてくれ」


「了解っす。ルゼさん、いないこともあるから恐いですしね」


「医者がそれでは困るんだがな。まあ、今は平気だよ」


 医者であるエルフの若長ルゼはたまに地図作りでいないことがあるのだが、工事などで聖竜領が忙しい時は、事故に備えてちゃんと村にいるのである。


「スティーナに差し入れを渡しておくから、皆で使ってくれ。食べ物じゃなくてハーブ類ですまないが……」


「いえ、大分助かるっす」


 手に持っていた袋を見せてから、賑やかな工房から隣の建物へと俺は歩いて行った。


 

 スティーナの家は小さめの平屋で、部屋数二つ。中は一室が仕事や来客用の部屋になっていて、俺も何度か訪れたことがある。

 来客用の部屋は、仕事に対して几帳面な性格が出ている整理された書類と、ものが余り置かれていない中で壁に並べられた酒瓶が印象的だ。

 そこが今、大変なことになっていた。


「わかっていたが、忙しいようだな」


 ノックして返事があったので室内に入ったら、そこは机の上に書類が積み上げられ、壁には今後の予定表や注意書きがそこらじゅうに張られている混沌とした部屋だった。壁に飾られた酒瓶だけは前と同じだが、ラインナップが大分増えている。


「やあ、アルマス様。珍しいね」


 図面を書くために天板が斜めになった机の前にいたスティーナが振り返っていった。

 一見、いつも通りのようだが、髪が乱れていたり、服がよれていたりと疲労が隠し切れていない。

 部屋の状態と相まって、彼女の多忙ぶりがよく伝わってくる。


「スティーナ。大丈夫か?」


「平気だよ! いやもう、仕事が楽しくてね。寝食忘れるくらいさ!」


「睡眠と食事はちゃんと取った方が良いぞ。大事なことだからな」


 いいながら、手土産に持って来た眷属印のハーブ類を手渡す。


「休憩時間にでも皆で使ってくれ。見た感じ、必要なのはハーブじゃなくて、ロイ先生のポーションに見えるけどな」


「ありがとう。でも、ポーションだなんて大げさだよ。ちゃんと思い出したら食べてるし、ハーブティーも飲んでるしね」


 思い出したら食事をするような状況はまずいだろう。あと、聖竜領産のハーブで体調を誤魔化し続けるのもあまり褒められたことではない。以前、サンドラが発熱したのは体調不良をそれで強引に抑えていたのも一因だ。


「スティーナ。戦場では臆病で慎重な者が生き残るんだ。自分を過信しすぎたものは大抵倒れる」


「……な、なんだい急に。戦争の話?」


「いや、君の体調の話だ。若いからといって無理をしてはいけない。倒れでもしたらそれこそ大変だ」


「ああ、そういうことか。これでも作業の方はクアリアにも投げたりもしてるんだよ。けど、図面を書くのはちょっとね……」


 そう言って、スティーナは自分の書いた図面を愛おしそうな目で眺めつつ、そっと撫でた。


「クアリアなら図面を書ける職人くらいいるだろう?」

 

 彼女だって大工の仕事で向こうの職人とやりとりしている。仕事を任せていい、信頼できる相手も知っているはずだ。


「いるんだけどね。図面となると別なのさ。大工の世界って、まだ男が多いだろ? だから、帝都にいる時はあんまりこういうのやらせて貰えなくて、嬉しくってさ」


 当時に思いを馳せているのか、遠い目で言うスティーナ。

 彼女も鍛冶屋のエルミアと似たような境遇だったのだろう。あまり過去のことは話さないが、性格的に色々あったことは想像に難くない。


「こうやって、工房を持たせてもらって、仕事を任せてもらうと、つい頑張っちゃうんだよね」


 疲れが見えるが、満足げな笑顔でスティーナが言う。


「そういう話をされると弱いが……。無理はしないようにな。周りに仕事を投げるのも役目だろう」


「それを言われると弱いね。今書いてる宿屋の増築分のが終わったら、落ち着けるはずだから大丈夫だよ。……ただ、南部の別荘地はあたしも関わりたいんだよね」


 別荘地というのは建物や道などに工夫を凝らしたものになることが多い。せっかくの機会だから、貴重な経験を積んでおきたいというのはわかる話だ。

 だが、それ以上に俺は気になっていることがある。

 先ほどから、スティーナの目の焦点が微妙にあっていない。


「ところでスティーナ。睡眠はとっているか?」


「……いや、実はもう三日寝てないんだよ」


「よし、とりあえず寝るんだ」


 この後、「せめてきりのいいところまで! あと半日くらいだから!」と騒いだスティーナだったが、騒ぎに気づいた工房の者と俺の説得を受けて大人しく就寝した。

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