第133話「相変わらず、こういう時は正直な男だった。」
ハリアの発着場の近くには、まだ畑にされていない結構な広さの平原がある。
その日の午後、俺とロイ先生はそこでちょっとした魔法の実験をしていた。
ゴーレム製造など土木作業は継続中だが、空いた時間に試したい魔法陣があったのだ。
具体的に言うと東都に行った時に聖竜様から教わった新しい技術だ。俺なりに解釈して、ようやく使えそうな形になったのである。
「魔法の実験は楽しいな。わくわくする」
「ええ、僕もです。しかし、良かったのですか、屋敷の方にいなくても」
「本人がいいと言っていた。問題ないだろう。多分、すぐ来て質問責めにされるぞ」
「ええ……」
ロイ先生が嫌そうな顔をした。話題の人物は第二副帝クロードのことだ。本日、視察の名目でスルホとシュルビアを伴って聖竜領に到着するはずである。
魔法具の手紙のやり取りの中で新しい魔法の実験をすることを伝えたら、「出迎えは不要だから、準備をしておいてくれたまえ! 楽しみだ」と返ってきた。間違いなく見物に来る。
「こんなものか……。ロイ先生、ゴーレムの魔法陣を」
「はい」
俺が小さな岩相手の作業を終えると、ロイ先生がその上にゴーレム作成用の魔法陣が描かれた紙を置いた。
「では、少し離れてくれ。まあ、危険はないと思う」
「承知しました」
ロイ先生が離れたのを確認し、俺も少し離れた場所に描いた魔法陣の上に立つ。こちらは大きく、複雑な紋様が描かれている。おかげで作るのがなかなか大変だった。
「では、はじめるぞ」
「はいっ」
ロイ先生の安全を確認してから杖で魔法陣を叩く。
変化はすぐに現れた。俺の足下の魔法陣が輝いた少し後、先ほどの岩の上の魔法陣が発光。さらにロイ先生のゴーレム魔法陣が発動し、岩が形を変え始める。
「おおっ。上手くいってますよ! すごい!」
「……とりあえずは、上手くいったな」
杖から魔力を流すのをやめて、俺は完成したゴーレムを眺める。
聖竜様から教わった新たな魔法陣、それは離れた場所に魔力を供給する技術だ。
今はすぐそばで発動させてみたが、聖竜領からクアリアくらいの距離なら簡単に俺の魔力を供給できるはずである。
ゴーレム製造など、様々な事柄で大きな力になるだろう。
残念ながら、人間の魔力だと上手く伝わらないらしく、俺にしか使えない魔法になってしまうが、それも今後の研究次第だ。ユーグあたりが血の涙を流しながら調べるだろう。
「とりあえず、供給元になっているのを親魔法陣、供給先を子魔法陣と名付けよう。次は農家の辺りに子魔法陣を設置して……来たか」
「……いらっしゃいましたか」
そう言って俺とロイ先生は視線をやや上、丘の上にある屋敷への道へと向ける。少し待つだけで、すぐに問題の人物がやってきた。
楽しそうに笑顔で田舎の風景を駆け抜けるのは豪華な衣服を身につけた中年の男。
第二副帝クロードである。
その後を無表情で妻のヴァレリーが追いかけている。あれは多分怒ってるな。
更にその後をサンドラとマイアが小走りで追いかけているが、あんまりやる気は感じられない。このくらい、予定の範囲内だしな。
「ア、アルマス……殿…はぁはぁっ、……ひさしぶ……ぜぇ……だな。ぜぇぇ……ぐっ。元気そうで……なによりだ……」
「机仕事なのに無理しないほうがいいと思うぞ……」
「あの、飲み物、水でよろしければ?」
いい歳をして全力疾走して限界が来たクロードを見て言う俺。優しいロイ先生は自分の分の水筒を手渡していた。
「あ、ありがとう……。ぷはっ……助かった。いや、聖竜領の大自然を見てつい童心に帰ってしまってね。まあ、体は中年だからついてこなかったわけだけどね! はっはっは」
水筒をロイ先生に返しつつ朗らかに笑うクロード。相変わらず元気そうだ。
やれやれと思っていると、すぐに妻のヴァレリーが追いついてきた。こちらは流石は帝国五剣、涼しい顔をしつつ呆れた様子で座り込んだ夫を見下ろして言う。
「もう若くないんだから無理はしないの。まったく……。お二人とも、夫が騒がしくしてすいません。魔法の実験中だと聞いていましたが?」
ほんと常識的な人だなこの人。苦労しているのだろう。
「アルマス殿。今、妻を見て常識人だと思ったかも知れないが、それは誤解でね。若い頃は僕の方が苦労したものさ。歳を重ねて落ち着いたように……ごふっ」
余計なことを言った第二副帝が赤面したヴァレリーに一撃入れられて腹を押さえた。
「相変わらず仲睦まじいようで何よりだ」
「いえ、そんなことは……」
「そうだとも、そうだとも。それでアルマス殿、なんの実験をしていたのかな?」
妻を押しのけて質問するクロード。強いな。
「遠距離への魔力供給の実験だ。今のところ俺しか使えないんだが。あちらの大きな魔法陣から向こうの小さな魔法陣への魔力供給と、ゴーレム製造に成功したところだ」
「……それは、アルマス殿の無尽蔵に等しい魔力をどこにでも送れると言うことかい?」
「そうだな」
「しかも、何らかの魔法を発動させることができると?」
「ゴーレムは成功したから、理屈の上ではそうなるな」
「……仮に戦争になった場合、相手の進路上や後方に魔力供給できるようにしておいて、任意で魔法を発動したりできるね?」
「さすがだな、俺も同じことを最初に考えたぞ」
好奇心旺盛なだけでなく察しもいい。相変わらずだな。
俺とのやりとりにうんうんと頷いたクロードは居住まいを正すと、張りのある声を出す。
「イグリア帝国東部は聖竜領との変わらぬ友情を誓うよ!」
相変わらず、こういう時は正直な男だった。
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