第134話「いいじゃないか、海の幸なんて珍しいし。」
「いやー、こうしてアルマス殿の家に招いて貰えて光栄だよ。過ごしやすい良い場所だ」
聖竜の森の中にある俺の家の中、クロードは室内を興味深そうに見回しながら、楽しそうに言ってきた。
「お世辞抜きでそうだと思います。夏と冬はアルマスが自前で冷暖房の魔法をかけますから」
来客用のテーブルで俺の隣に座ったサンドラが真面目な顔で頷いた。冬場は屋敷にも俺が魔法をかけにいっているから、そちらも快適なはずだが……。
「報告書などで聞いた例のやつだね。非常に興味深い上に羨ましい。普通に魔法士に一冬暖房を頼むと燃料代より高くついてしまうからね」
「流石に東都まで行って魔法をかけることはできないぞ。いや、できるようになったのか」
「先ほどの魔力供給の魔法陣は使い道が広そうだね。と、ありがとうリーラ」
リーラがテーブル上にお茶を並べ終えて、サンドラの後ろに立つ。それを確認したクロードはハーブティーを一口飲んでから少し真面目な顔になる。
「うん。味もいいが、その効果も凄い。クレスト皇帝が気に入るわけだ。皇帝献上品ともなれば値段は上がるね」
実に残念といった様子でそう呟いた。
「なんなら安く譲るぞ」
「いや、そこは正規の価格で構わないよ。生活の足しにして欲しい。今回は長めに滞在することだし、味を楽しませてもらうつもりだしね」
今回、クロードとヴァレリーは十日ほど聖竜領に滞在する予定である。休暇と聖竜領での公務を兼ねてとのことだ。
「あの、ヴァレリー様ですが、本当にあの二人が同行で良かったのですか?」
「アルマス殿が問題ないと言ってくれたし、本人の希望だからいいのさ」
クロードの妻ヴァレリーはこの場にいない。到着した翌日にマイアとハリアを連れだって氷結山脈へと旅立っていった。目的は魔物狩りだ。
「ハリアはああ見えて水竜の眷属だ。本気を出せば相当強い。あの三人なら氷結山脈の魔物ごときに遅れはとらないだろう」
「実に頼もしい話だよ。妻はクレスト皇帝から氷結山脈の魔物狩りの話を聞いてしまってね。剣を振りたくて仕方なかったのさ。城での生活はストレスが溜まるし、立場上、気軽に剣を振るえないからね」
「そこは皇帝と一緒だな。ハリアを連れて行くと言った時はさすがに驚いたが」
ヴァレリーは氷結山脈への同行者として俺では無くハリアを指名した。どうも、一目見た瞬間に気に入ったらしく、直接頼み込んで了承を得たらしい。
俺だけでなくクロードも驚いたものだが、マイアの同行を了承して貰い、標高の高いところへは行かないことを約束した上で許可を出した。何かあれば聖竜様から連絡が来るし、最悪、ハリアが運んでくる手はずになっている。
「妻はああ見えて可愛いものが好きでね。昔、ボクが買ってきたぬいぐるみを大切にしているくらいさ。おっと、この話は本人には言わないでくれよ。ボクが折檻されてしまう」
楽しそうな笑みを浮かべながらクロードが言う。きっと、良い思い出なのだろう。
「ロジェ様に続いてヴァレリー様まで……。氷結山脈までの道を綺麗にした方がいいかしら」
「かもしれないね。クレスト皇帝は聖竜領南部に本気で別荘を建てる気だ。きっと、訪れる度に氷結山脈で剣を振るうだろう。アルマス殿とマイアにはその都度護衛をお願いすることになると思う」
「なんだか大変なことになってしまったな」
それと、氷結山脈の魔物達が不憫だ。定期的に凶悪な人間が狩りに来るとは。まあ、魔物は自然の生態系を崩す要素なのでいない方がいいのだが。
「実は大変なことになるのはこれからなんだよ、アルマス殿」
薄笑いを浮かべるクロードを見て、サンドラの顔が引きつった。
「皇帝陛下が来たことが思ったよりも影響しているんですね」
サンドラが神妙な顔で言うと、クロードも似たような表情で頷く。
「そう。クレスト皇帝は行動が早い。もう北のドワーフ王国と交渉を始めている。妻に氷結山脈へ行ってもらったのも聖竜領に来る人が増えれば、あちら側に行く者が増えるとみての視察だよ」
そうすると、ヴァレリーにとっては趣味と実益を兼ねた仕事なわけだ。
「ボク達が長期滞在するのも聖竜領の南部へ本格的に手を付ける手助けをするためさ。妻が戻り次第、南へ向かわせてもらうよ。サンドラとアルマス殿の仕事は平気かな?」
「大丈夫です。数日なら代わりの者に頼めます」
「俺も大丈夫だ」
その言葉を聞いたクロードは顔を明るくした。
「良かった。収穫の時期だからまずいかなとちょっとだけ思っていたんだ。とはいえ、冬の間にいくらか動いておきたいと思うと、今しか無くてね」
「具体的にどのあたりを見るんだ?」
「南部の湖の周辺とそこまでの道。それと、南部の東側の海がどうなっているかを確認したいな。できれば船が接岸できる場所があればいいんだけれど」
「港を作れということでしょうか?」
皇帝も言っていたことから、港については提案がある予想はしていた。ただ、その扱いに関して俺もサンドラも結論が出ていない。
「小さなものでいいと思うよ。聖竜領からだと東都を初めとした大きな街まで距離があるからね。クアリアが少し賑やかになる程度さ。ここからだと、北も南も大きな港町はないから、巨大な商業拠点にとは考えてはいない。」
クロードの穏やかな口調は俺達を安心させるためのものだろうか。たしかにサンドラはほっとした様子だった。ここで巨大な港を作って治めろと言われても困る。
「あまりに賑やかにしすぎると聖竜の森まで手出しし始める者もでる。それは良くない。必要以上の開発はボクも皇帝も考えていない。その点は安心して欲しい」
最後に締めくくるように、クロードがそう言い切った。こちらの事情を考えてくれるのはありがたい。
「まあ、港が出来れば食卓に魚介類や珍しい食材が並ぶようになる、そのくらいに構えて貰えると嬉しいかな」
「それは良いことだな。……どうかしたか、サンドラ」
魚介類という言葉に俺が反応すると、サンドラがじっとりとした目でこちらを見ていた。
いいじゃないか、海の幸なんて珍しいし。
「……いえ。どちらにしろ、南部をしっかり確認に行きましょう」
俺から視線を離し、いつものように癖毛をいじりながら、サンドラはそう宣言するのだった。
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