第132話「大変貴重な光景だが、人によっては卒倒するだろう。」

「なあ、サンドラ。これは大丈夫なのか?」


「仕方ないでしょう。本人のたっての希望なのだから」


 サンドラ帰還の翌日、屋敷に泊まった俺は朝から畑の中で作業しながら話していた。

 目の前ではいつも通り畑の世話をするアリア。そして、作業服に着替えて指導を受けつつ手伝うシュルビアがいた。


 昨夜のうちから畑仕事をしたいとシュルビアが主張。それを受け入れたサンドラはアリアと作業するように言ったという次第である。

 朝から土にまみれながら楽しそうに野菜の相手をする『東方の宝石』。大変貴重な光景だが、人によっては卒倒するだろう。


「シュルビア様、なんだか手慣れていますねー」


「はい。実は昨年から東都の城の花壇の手入れなどをこっそり手伝っていたのです。あまり頑張ると怒られるのですが」


「う……そ、それは平気なのでしょうか-?」


「平気ですよ。クアリアという農業が盛んな地に嫁いだのですから。多少なりとも農業の知識と心得は必要です。それに、アリアさんは腕の良い庭師だと夫から聞いていますし、こうしてお会いしたかったのです」


「スルホ様がですか。それは光栄ですね-。私なんてまだまだ未熟ですからー」


「教えるのも上手ですし、謙遜することないですよ。あちらの方、草が多いようですけれど……」


「あっちは私が色々実験してるところですからー。後で手入れをするところですー」


「なるほど。熱心なのですね」


「えへへー」


 うん。大丈夫そうだ。アリアは人当たりが良いからな。シュルビアとも上手くやってくれそうだ。


「とりあえず、このまま作業して貰えば良さそうに見えるが……」


「そうね。万が一、怪我でもしたらアルマス、お願いね」


「承知した。クアリアに嫁いだわけだし、農業で少し汚れるくらいは平気だろうな」


 それでも何かあったらことだ。俺の方でも注意しておくとしよう。そう考えたとき、アリア達の会話が耳に入ってきた。


「聖竜領に一人で来て良かったわ。クアリアだと、夫が心配して農具を触らせてくれいないんですもの……」


「えっ……」


 頬を膨らませて言うシュルビアと、顔を引きつらせたアリア。横のサンドラも動きが止まった。


「サンドラ、適用な理由をつけて切り上げさせよう」


「そうね……。ちょっと言ってくるわ」


 かなり真剣に困った様子のアリアを見て、サンドラはすぐに話を付けに向かった。


○○○


 少し手こずったが何とかシュルビアを畑から引き離すことに成功した俺達は、そのまま領内を散策することにした。ちなみにアリアは初めて見る顔で安堵していた。


「ここが聖竜領の広場ね。話には聞いているわ。思ったより広いし、遊具まであるのね」


 広場は現在建設作業が行われていることもあり、一部に炊事場が作られていたり資材が置かれている。それでも十分広さは感じられるし、近くに作られた木製の遊具では農家の子供達が遊んでいたりもする。


「遊具は聖竜領の大工が作ったものなの。農家の子供達が遊ぶ場所が必要だって」


「そうね。ねぇ、サンドラ。子供達の教育はどのようにする予定なのかしら? 農家の子供だからってなにもしないわけにはいかないでしょう」


 その発言にサンドラが虚を突かれたように固まった。なかなか聖竜領の今後の問題の本質を突いた質問だ。子供連れの農家が来たことで、聖竜領は今後の人材育成についても考えていかなければならないのだ。


「一応、冬の間に簡単な読み書き計算を教える予定でいるけれど。今だとそれ以上は難しいの」


「これから先、大変ね。スルホとも相談して、優秀な子はクアリアで勉強するような態勢を作りましょうか?」


「そうね。学業は強い武器になるから、色々と相談すると思う」


 今後、人口が増えるにつれて学校の建設など考える必要もあるだろう。これまで通り、『外部から優秀な人材が』というのを続けるだけではいけない。そのうちアリアやロイ先生に弟子ができたりするだろう。


「あちらの建物は噂の宿屋ね。大きいけれど、一軒だけだと寂しいわね」


 シュルビアの発言にまたサンドラが固まる。こちらも痛いところだ。聖竜領は人口に対して大規模な工事が多く、宿屋一軒だけだと施設の規模が足りなくなることがある。


「増築も考えているんだけれど、なにぶん手が足りなくて……」


「スルホとお父様に相談してみましょ? 聖竜領は特産品も多いから、どこかの商会がお店を出してくれるかも知れないわ。今後、訪れる人も増えるでしょうしね」


「……そうね。やるべきよね。ちょっと、色々考えてみる」


 サンドラが慎重な返答を返す理由はダン夫妻のことを考えてだ。ここで大商会の支店でも来て彼らの仕事が奪われることを懸念しているのである。


「現状に問題があるのも確かだからな。クロードとスルホなら変な者を紹介しないだろう」


「うん。そうするわ。農家も増やすつもりだし、やらないとね」


「ごめんなさいね。余計なことばかり言ってしまって。気にしないでいいのよ?」


「ううん。シュルビア姉様のいうことは確かだもの。スルホ兄様に協力して貰ってどうにかするわ」


 シュルビアとしては気になったことを口にしているだけなのかもしれないが、指摘はかなり正しい。今後しっかり取り入れられていくことだろう。……忙しくなりそうだな。


「姉様、宿の食堂で休憩してから、農地の方にいきましょう。今、下水工事中ですから、ゴーレムを沢山見られますよ」


「いいわね。私、聖竜領のゴーレムは好きよ。顔が可愛らしくて」


「……可愛いのか?」


「可愛いですよ」


 思わず呟くと、シュルビアが微笑みながら肯定した。

 俺とロイ先生が魔法陣を開発したゴーレムの顔はかなり適当な形をしているのだが、それを可愛いと言う者が現れるとは意外である。


「農地を見た後は、森の中も見てみたいわ。エルフの村も……」


「シュルビア姉様。全部回ると疲れますよ」


 とても楽しそうに言うシュルビアに対して、サンドラは苦笑しつつ言うのだった。


 

 この翌日、シュルビアは大変満足してクアリアへと帰って行った。

 今度はスルホと共に来るそうだ。

 嬉しい客人なので是非また来て欲しい。


 そして、それから数日後の夜、俺の元に連絡用の魔法具がやってきた。

 差出人は第二副帝クロード。

 色々と個人的な事情を書かれた手紙を要約すると以下の通りだった。


『収穫祭の時期に合わせて向かうとするよ』

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