第131話「餌付けか……。」
屋敷での夕食後、俺はシュルビアの部屋に招かれた。
室内にはサンドラとリーラもいる。テーブル上にはお茶の準備がされていて、つまるところお茶会のお誘いだった。
「噂通り、聖竜領の料理は美味しかったわ。お父様も褒めていたもの」
「料理人が良いですから。後で伝えておきます、シュルビア姉様」
俺の前では、和やかな雰囲気でそんな会話が為されていた。
横から見るサンドラの表情は柔らかい。注意深く観察してみるに、やはり落ち着いたようだ。
「……アルマス、わたしの顔になにか付いているかしら? 帰ってきてからたまに視線を感じるのだけれど」
「すまない。クアリアでの休暇が上手くいったようでなによりだと思ってな」
「ええ、おかげさまでね。二人と色々話せたわ」
「それは良かった。少しは父親についての理解が深まったか?」
今日の夕食はシュルビアの希望で屋敷の者を集めて食堂での賑やかなものになった。おかげでサンドラ個人の事情について話す機会はなかった。
今、こうしてシュルビアの部屋に招かれたのは、その辺りの話をするためだろう。
「お父様ね……ますますよくわからなくなったというか」
なにやらサンドラの返答は歯切れが悪い。
どういうことだ、と思うとシュルビアが申し訳なさそうな顔をして言う。
「実は、私も夫もサンドラのお父上についてはあまり詳しく知らないの。世代として上になるし、忙しい方だから」
「わたしとお母様だけで遊びに行くことが殆どだったの。でも、いろいろと話してすっきりした。主に愚痴とか」
なるほど。スルホとシュルビア相手に色々と話すことができてすっきりしたのだろうな。
「詳しくないと言っても、お父様から話は聞いていますから。大変優秀で真面目な方です。ただ、とても不器用なところもあるそうです。主に人間関係で」
「それは魔法伯という役職の人間として大丈夫なのか? 部下が沢山いるんだろう?」
「それが違うのアルマス。お父様はね、仕事上は優秀なの。ただ、プライベートになると嘘のように気が回らなくなるところがあるそうなの」
「ええ、お父様はそう評価していたわ。なんでも昔は仕事でも他人を頼るのが苦手だったそうだけれど、それを克服したことで成長が止まってしまったと残念そうに語っていました」
「そうか。クロードの評価か……」
第二副帝クロード。彼の人を見る目は確かだ。仕事は優秀だがプライベートは残念、それがサンドラの父の人物像と見て良さそうだ。
「プライベートが残念か……」
サンドラも少しだけそんなところがあるな。マノンがたまに漏らす学生時代の話なんかに顕著だ。
「アルマス、ここでわたしの学生時代の話はしないでね?」
俺の考えを察したのか、サンドラが優しい笑みを浮かべて言ってきた。
「……なかなか迫力のある笑い方をするようになったな」
「色々と苦労しているもの。とにかく、言いたいことを全部聞いて貰ってすっきりしたの。少しだけお父様のこともわかった気がしたし。皇帝陛下の話通りならここでどっしり構えて待っていればいいだけよ」
「こう仰ってはいますが、落ち着いたのは二日目の夜でした」
「リーラ……っ」
空になった俺のカップにお茶を注ぎながら、笑みを浮かべながらリーラが言うと、途端にサンドラが慌てた。それを見て、シュルビアがクスクスと笑う。
「私もスルホも驚きました。心ここにあらずと言いますか、あんなサンドラは初めて見ましたから」
「元に戻ってくれて助かったよ。俺達では手出しできない話題だったからな」
「私達はちょっとお話をしただけですから。サンドラが自力で立ち直ったようなものですよ。聖竜領での暮らしのおかげで以前よりも強くなっていますね」
「聖竜領は色々あるもの。わたしは、それなりに強くなったということね」
苦笑しつつも、軽く胸を張りながらサンドラが言った。
どうやら、もう大丈夫そうだ。
これで一安心と思ったところで、部屋の窓の外に、何かが近づく気配があった。
魔力の質からするに竜だ。聖竜領に俺以外の竜は一人しかいない。
「ハリアが来たようだ。窓を開けていいか?」
「ああ、噂の水竜様の眷属ね。どうぞ」
南部で地形確認の仕事をしていたらしく、ハリアは夕食時もやってこなかった。シュルビアが会いたがっていたので聖竜様経由で呼んでもらったのだ。
俺が窓を開けると、見慣れた空飛ぶアザラシ状の生き物が室内にゆっくりと入ってきた。
「こんばんは。アルマスさま。サンドラ、久しぶり、げんき?」
「ええ、おかげさまでね。ハリア、こちらはシュルビア姉様。わたしにとって本当の姉のような人よ。シュルビア姉様、こちらが……姉様?」
シュルビアにハリアを紹介しようとするサンドラの動きが止まった。
理由はすぐにわかった。
シュルビアがハリアを見つめて軽く震えている。その目は見たことが無いくらい明るく輝き、頬が紅潮していた。
「まあ、なんと可愛いのでしょう。話に聞いてはいましたがこれほどとは。もっと早く来れば良かったわ。いつでも会いに来れたのに」
そう言って立ち上がると、シュルビアはハリアの前にやってきて優雅に一礼。
「クアリア領主スルホの妻、シュルビアです。水竜様の眷属、ハリアさん。私とお友達になってくださいますか」
「シュルビア、知ってるよ。サンドラのお姉さん。ハリアも友達になれるとうれしい」
その返答に、シュルビアの表情が歓喜のそれに変わり、勢いよくハリアを抱き締めた。
「ありがとう、ハリアさん。かわいらしいだけでなくて、やさしいのね。それでいて大きな竜になれるのでしょう? 素敵だわ」
「…………」
頬ずりせんばかりの勢いに圧倒され、俺もサンドラも動けない。
こういうのが好きなタイプだったのか。
「……アルマス様」
シュルビアに抱き締められたハリアがちらっと俺の方を見て名前を呼んだ。表情からは伝わりにくいが、困っているのはよくわかった。
「シュルビア、そのくらいにしてやってくれ。ハリアが困っている」
「ああ、失礼しました。想像以上のことに感動して我を忘れてしまったようです。……ハリアさん、クアリアにお仕事で来たときは屋敷に寄ってくださいね。歓迎しますから」
「ほんとう? ハリア、お菓子が好きだよ?」
「あらあら、では東都から選りすぐりを取り寄せておきますね」
「わーい」
餌付けか……。見ればサンドラも俺と同じようなことを考えていそうな顔をしていた。
「ねぇ、サンドラ。ハリアさんはどのくらいお支払いすれば、クアリアに住んでくれるかしら。いっそ移住してもらいたいくらいなのだけれど」
「シュルビア姉様。引き抜きはやめてください」
「そもそもハリアは聖竜領南部の管理をしているから駄目だ」
いきなり自分の欲望を全開にしたことを言い出したシュルビアに対して、俺とサンドラははっきりと言うのだった。
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