第129話「聖竜の森の東の果て、海の近くに俺達はいた」

「何度来ても見事な景色ですね」


「ああ、迫力があるな」


「ええ、とても綺麗だと思います」


 俺、マイア、ルゼの三人は目の前に広がる光景にそれぞれの感想を端的に述べた。

 目の前にあるのは断崖絶壁、そしてその向こうには大海原。

 聖竜の森の東の果て、海の近くに俺達はいた。


 二人が東側を本格的に探索するというのでついてきたという流れである。

 土木工事用のゴーレムは数日動くように魔力を付与して作り置きしてきた。作業員達は慣れたものなので任せておいて問題ないだろう。


「しかし、見事なまでに断崖ですね。海に降りることが出来れば色々と獲れそうなのですが……」


 東側は城よりも高い切り立った断崖になっている。しかも波も荒い日が多い。降りて舟を出すどころか、釣りをすることすら難しい。


「海の幸か……魅力が無いといえば嘘になるが」


 持って行ければトゥルーズが喜ぶだろう。


「アルマス様の力で少しなだらかな箇所を作ることはできませんか? 港は作れなくても、ちょっと海に出れるくらいの場所があると嬉しいのですが」


 残念そうに言うルゼに俺は首を横に振る。


「出来るかと問われればできるよ。だが、ここは元々そういう風に作られた地形なんだ。西側のように簡単に形を変えることはできない。多分、周囲に何かしら影響を及ぼす」


 聖竜領の西側は過去に聖竜様が作り替えたのを元に戻すということで大がかりな地形操作を行えたが、こちらは違う。なにより海に接しているのが問題だ。地形操作の影響が海の竜脈に及んだ場合、思いも寄らないくらい広範囲で何かが起きるかも知れない。


「アルマス殿がそう言うなら仕方ないのですが。残念ですね……」


 本当に残念そうにマイアが言った。なんでも内陸で育った期間が長く、海に憧れがあるらしい。


「可能性があるとすれば、南側の海沿いだな。向こうならハリアもいるから管理も出来るし……」


 聖竜領の南側は俺もそれほど詳しくない。もしかしたら海に降りやすい地形があるかもしれない。水竜の眷属であるハリアの領域だし、何かしらの利用方法もありそうだ。


「本当ですか! 聖竜領の南部なら海に降りられると!」


「いや、可能性の話だ。地形が見つかった上で聖竜様とハリアが問題ないと言えばの話だな」


「南部はまだ探索しつくしていませんから、十分ありえますとも! ルゼ、面白くなってきましたよ!」


「そうですねっ。これはもう明日から旅立たないと。半年くらい時間を作れないかしら?」


「いや、二人とも自分の仕事があるだろう……」


 俄然盛り上がる二人だが、ルゼは若長と医者、マイアは護衛という大事な仕事がある。

 地図作りも二人の仕事ではあるんだが、たまに見境が無くなるな。熱心なのはいいことだが。

 とはいえ、ここで禁止してストレスを溜められても困る。


「せっかくだ、一度ハリアに上空から南部を一回りして貰おう。海沿いの地形を念入りにな。それから二人は探索に行くといい」


 ハリアは南部に住んでいるんだからもっと早くこれを頼めば良かった。空から見て、後から二人に詳細を確認してもらえばいい。


「それは良い考えですね。当てもなく歩き回るより効率が良さそうです」


「ハリアさん、どうにかして筆記用具で地図とか文字を書けるようになってくれないかしら……」


 特に異論はないようだ。後でサンドラに報告しつつハリアに南部を散歩して貰おう。ちょうどいい、本格的に南部の様子を確認しよう。


「うっかり大きな港が出来る地形があると、それはそれで問題かもしれないな。聖竜領は魔法草のこともあってあまり大きな街に開発したくない意向があるそうだし」


「たしかに大きな街といえば港ですからね。帝都もそうです」


「よく話し合いましょう。でも、港が出来れば珍しいものが沢山入ってきますから、聖竜様も喜ぶのでは?」


『うむ。それはちょっと魅力的じゃのう』


 話を聞いていたらしい聖竜様の声が脳内に響いた。ルゼの言うとおりだが、色々と解決すべき問題がありそうなのも事実だ。


「まだ港ができると決まったわけじゃない。まずは南部の本格的な探索だよ。舶来品は魅力だけどな」


 食べ物だって色々と種類が増えるだろう。そうだ、食べ物といえばトゥルーズの件があった。


「そうだ、ルゼに頼みがあるんだが。トゥルーズが次に皇帝が来た時のために食材を探しているんだ。できればエルフの村にも協力してほしいんだが」


「そういえば、陛下の反応が気に入らなかったのか、トゥルーズ殿は少し落ち込んでいましたね」


 頷くように言ったマイアの言葉を聞いてルゼは笑みを浮かべつつ言う。


「承知致しました。エルフの村にある食材を提供しましょう。それと、エルフの村に来て頂いて、エルフの料理を教えることもできますよ? 代わりにトゥルーズさんに料理を教えて貰えると嬉しいのですけど」


「伝えておこう。感謝する」


 ありがたいことだ。これで屋敷で提供される料理も更に幅広い物になるだろう。良いことしかない。

 

「南部の探索についてはサンドラが戻ってきたらすぐに相談しよう」


「そろそろ帰ってくる予定ですね」


「少しは気が晴れているといいんだがな」


 できたての領地は仕事がどんどん増えていく。

 クアリアで休暇中のサンドラだが、元気になって帰ってくるだろうか。

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