第128話「ほとんど確信に近い言い方だった。」

「なるほど。大したものだな。これで聖竜様の領域に人が近づく心配はなくなる」


「聖竜領が有名になればこっそり入り込む人が出てくるでしょうからね、安心ですよ」


「有り難いが。これを維持するのは大変じゃないのか?」


「実は、森の力を借りていますから、それほどではないのです。むしろ、許可をくださって助かっています。聖竜の森は広いですから、いくらエルフといえど魔法に頼らずに管理はできませんもの」


 聖竜の森の奥地。俺はルゼ、ユーグの二人から迷いの森の魔法が完成したという連絡を受け、確認作業をしていた。

 今、聖竜様の領域周辺にはうっすらと魔力の霧のようなものが漂っていた。ルゼの説明によると森の力を借りるエルフの魔法だそうだ。森の魔力を少しだけ借りて、発動し続ける非常に珍しい魔法である。

 これで聖竜様の領域に近づいた者は自動的にエルフの村の付近に出るようになる。

 今後、訪れる人が増えた際に役立つことだろう。


 ユーグも一緒なのは、彼はエルフの村における人間代表のような扱いになっているからと、あまり近寄れない森の奥地の植生を調べたいからだった。


「もし、この辺りで採取をしたいのならばエルフを一人同行させてください。そうすれば大丈夫ですから」


「それは当面、ユーグ達にお願いすることが多いだろうな。実際、どんな感じに見える?」


「今初めて来たので何とも言えませんね。でも、古い森ですから、見たことも無いような植物がある可能性は高いと思います。ルゼさんと相談して、定期的に調査に来たいんですが」


 言いながらユーグがこちらを窺ってきた。場所柄、頻繁に近づいて良いか心配なのだろう。

『聖竜様、そんな事情なんですが、良いですか?』


『調査で来るくらいなら構わんよ。頑張って聖竜草と呼ばれそうなものを見つけてくれんかのう』


「聖竜様も許してくださった。あまり無茶はしないようにな」


 俺の目が金色になっているのに気づき、静かに見ていた二人がそれを聞いてほっとした様子になった。彼らなら変なことはしないだろう。


「いっそ、聖竜草とか呼ばれるような薬草でも見つかれば良いんだがな」


「いいですね。実際、火竜草というのがありますし。本当に見つかるかも」


 軽い気持ちで聖竜様の希望を言ってみたら、ユーグから意外な言葉が飛び出た。


「火竜草なんてものがあるのですか? 聞いたことがないのですけれど」


 ルゼが怪訝な顔で聞いた。学者ではなくても、植物と親しいエルフは薬草全般の知識が豊富だ。その上、医者にして若長である彼女も知らないような植物らしい。


「ルゼさんが知らなくても無理はありません。遙か西の大陸にある火山の近く。しかも殆ど植物の生えていない地域で希に採れる植物です。なんでも、大昔に病気で困った人々を見かねた火竜が与えたとか。伝説な上に、そこに火竜がいるかは未確認なんですがね」


 これは初耳だ。聖竜様以外の六大竜の活動はほとんど記録されないからな。


『…………気にいらんな。火竜のやつめ、ワシを差し置いてかっこよく伝説を残した上に、自分の名前を戴いた植物まで』


 いきなり聖竜様が不機嫌な口調で話しかけてきた。


『別にいいじゃないですか。困ってる人を助けたんだから』


『そこじゃよ。あやつ普段は人と関わり持たないくせに、さりげなくかっこいいことして評判になるじゃよ。しかもこれ火竜に教えても『自分には興味ないことだ……』とか言って終わりなんじゃよな。かっこつけるのはずるいじゃろうに……わかるじゃろ?』


 いや、全然わかりません。


『しかも植物の名前になるなんて……』


 なんだか聖竜様は激しく嫉妬しているようだった。


『聖竜様だって地図に名前が載ってるじゃないですか』


 イグリア帝国の最新版の地図の端っこには聖竜領が載っているはずだ。なんとかそれで我慢して欲しい。


『地名もいいけど、植物もいいのう。……アイノの治療が終わったら創るか、聖竜草』


『アイノの治療を優先してくれるなら全然構いませんよ。特産品ができてサンドラも喜ぶでしょうし』


『そうじゃな。誰にも迷惑もかけんしな。ワシがんばる』


 どうにか収まってくれた。聖竜様が前向きな竜で良かった。


「……どうした?」


 ふと見れば、ルゼとユーグが心配げな目でこちらを見ていた。


「いえ、大分激しく目が光っていましたので」


「ああ、ちょっと聖竜様に火竜についての思い出話を聞いてたんだ。気にしないでくれ」


 本当に気にしないで欲しい。詳しく話せないから。


「とりあえず、ここはこれで終わりでしょうか。ルゼさんと打ち合わせして、定期的に採取に来ましょう」


「そうですね。お疲れ様です。村に戻って休みましょう」


 一仕事終えたと言うことで、エルフの村に戻る流れになった。


「そうだ。ユーグ、俺の畑で新しい魔法草や薬草を栽培したいんだが、協力してもらえないだろうか? ちょっと珍しい肥料も手に入ったんだ」


 そう言うと、ルゼが尖った耳をピンと動かしてから微笑んだ。


「ユーグさんならエルフの肥料のことを知っているから伝えても構いませんよ。扱いを心得ている方ですから」


 助かった。あれは誰に説明していいか迷う代物だからな。


「……アルマス様がエルフの肥料を使って魔法草を栽培したら今以上に凄いことになりそうですね。面白いです」


 ユーグは乗り気だった。研究大好きな人間が多くて助かる。


「俺も多少は心得があるから自力でやろうと思ったんだが、魔法草の栽培は自力でやり方を検証すると時間がかかるからな……」


 特に俺は不器用だから栽培方法を確立するのに数十年くらいかかりかねない。ここは専門家の出番だろう。


「頼って貰えるのは嬉しいです。そうですね、アルマス様の家の近くに実験用の小さな畑を作りましょう。上手くいったら森の中に隠れる感じで大きめのを用意するといいと思います」


 魔法草は希少で高価。あまり目立たない所で栽培した方が良いと言うことだな。


「最初は小さくということか。わかった、ちょっと家の周りを耕しておくよ」


「もし大きめの畑を作ることになったら言ってくださいね。周りに迷いの森の魔法をかけますから」


「それは大げさじゃないか?」


 ルゼの提案にそう返すと、横のユーグが胸を張って言った。


「いえ、アルマス様のすることですから、きっと大事になります」


 ほとんど確信に近い言い方だった。

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