第124話「俺と聖竜様の意見は一致していた。」
サンドラの義母エケリアと義兄ラッツがやって来たのは。下水工事がある程度終わった頃だった。
夏も終わり秋が深まって来た頃、少し冷たい風が吹く中、俺とサンドラとリーラの三人は屋敷の前で二人を出迎えた。
やって来た馬車は二台。豪華な一台から男女が、もう一台から荷物とお共の使用人が降りてくる。
「久しぶりね。サンドラ、リーラ」
「元気そうだな」
義母のエケリアは、濃いめの癖のある茶色い髪を短くまとめた、柔和な顔つきの女性だった。薄く浮かべた笑みも、挨拶からして優しい語り口で誰もが『穏やかそうな人だな』という印象を受けそうだった。サンドラの話からすると、この印象を意図的に作り出しているのかも知れない。
義兄のラッツは次男のセドリックと比べると普通の体格で、母譲りの髪をした神経質そうな雰囲気を纏った若者だ。こちらはわかりやすく、東都で会った貴族達に印象が近い。
「いらっしゃいませ、お二人とも。クアリアからの報告を聞きお待ちしておりました。中で話を……」
「その前に少し休ませて貰って良いかしら? 流石に長旅だったから疲れたわ」
周囲を軽く眺めつつ、エケリアは柔和な笑みを浮かべてそう言った。
横のラッツは畑を見てから一言、「思ったより普通だな」と呟いた。
「わかりました。夕食の用意もしてありますので、お話はその後に?」
「ええ、それでお願いするわ」
エケリアは満足気に頷くと、使用人に指示を出して荷物を運び込ませ始める。
「アルマス、お願いね」
小さな声でそう言うサンドラに、俺は無言で頷いた。
○○○
夕食後の食堂。執務室を使うまでも無いということで、話し合いの場所はここに決まった。 広い室内に俺とサンドラとリーラ、エケリアとラッツがテーブルを挟んで向こうにいる。
食後の片づけも終わり、話し合いの準備が終わったものの、どちらも語ること無く沈黙していた。
さて、どう出てくるか。
身構えて向こうの出方を窺っていたら、いきなり二人が頭を下げてきた。
「まずは、最初にあなたに辛い思いをさせたことを謝らせて頂戴。まさか、家を捨てるほどの覚悟を決めているとは思わなくて」
「デジレとセドリックから話は聞いた。本当に、申し訳ないことをした」
「そういえば、デジレ姉様とセドリック兄様はどうしているのかしら?」
謝罪に対しては直接答えず、サンドラは質問で返した。
その素っ気ない対応に、エケリアはともかく、ラッツは一瞬顔を引きつらせる。
「デジレは最近まで塞ぎ込んでいたけれど、ようやく外に出るようになって人と会っているわ。ラッツは東都で城で騒ぎを起こした噂が広がってしまったので、知り合いのつてを使って南部に行っているわね」
「……そう。元気そうで良かったわ」
その一言に、ラッツの頬がまた動いた。
「サンドラ。確かに我々がやったことも悪かったが、あれはないんじゃないのか? 二人とも可哀想だ」
「十分穏当だと思っていますけれど。わたしが味わった日々の長さに比べれば。それに、今の状況は二人が自分で招いたことです。遅かれ早かれこうなっていたと思います」
「…………」
サンドラにそう言われて、何も言えなくなるラッツ。デジレはサンドラが居なくなったことで勝手に立場を失ったわけだし、セドリックもあの振る舞いではどこかで問題を起こしていたということだろう。
幸い、それくらいは考えられるようで、しっかり伝わったようだ。
「……しかしな、サンドラ。わざわざ訪れた家族に対してこのような対応は……」
「もう家族ではないわ。勝手に来ただけでしょう?」
「…………」
断言されて今度こそラッツは完全に黙り込んだ。心なしか、顔が赤い。不愉快なのだろう。 その様子を見てか、隣でじっとしていたエケリアが笑みを崩さず口を開いた。
「あなた相手に余計なやりとりをしても無駄でしょうから、率直な話をするわ。サンドラ、あなたはエヴェリーナ家へ未練はないの?」
やはり、そういう話か。推測通り、二人は辺境で領主となり急速に力を付けるサンドラを警戒して行動を起こしたのだ。
恐らく、二人の狙いはエヴェリーナ家にある魔法伯に近いという絶大な地位と権力だ。それが直系かつ才覚を示したサンドラ・エクセリオにうつらないか心配なのだろう。
不気味なまでに穏やかな表情のエケリア、横で心配そうに見守るラッツに対し、ハーブティーを一口飲んだサンドラは、笑みを浮かべて答える。
「ないわ。魔法伯なんて、家にも帰れないくらい忙しいもの。声をかけられたら断るつもりでいるの。ここでの生活が気に入っていますから」
その解答にラッツがあからさまに安堵の吐息を吐いた。若い彼は自分の将来でも心配していたのだろう。
「それを聞いて安心した。あなたが帰ってくるのが一番恐いもの。こうして、東部まで馬車を飛ばすくらいにはね」
言いながら、エケリアがハーブティーを口に運ぶ。
「話と言うのはこれだけか? 思ったよりも短いな」
俺が呟くと、エケリアは笑みを深くした。
「ええ、私達はサンドラの意志が確認できればいいのですもの。賢者アルマス、貴方には感謝致します。義理の娘に力を貸してくれて」
そう言って、笑みのままエケリアは軽く会釈した。
それがいけなかった。
『気に入らんのう……。自分でサンドラを酷い目に遭わせておいて何が感謝じゃ』
聖竜様の怒り混じりの声が俺の頭の中に響いた。
『奇遇ですね。俺も同じ事を考えていましたよ』
俺と聖竜様の意見は一致していた。
目が黄金に輝くのに気づいたのだろう、エケリアとラッツが目を見開いてこちらを見ている。
「ああ、気にしないでくれ。聖竜様と話しているだけだ」
「アルマス、聖竜様は何といっているのかしら?」
静かな声音でサンドラが言った。
『気に入らんので何を考えてるか全部見てやるのじゃ』
「あっ……」
俺が何か言う前に聖竜様が先に動いた。
エケリアとラッツの二人が目映い輝きに包まれる。
「うわああああああ!」
「あああああああ!」
突然のことに二人が悲鳴をあげる。
まあ、いいか。俺も『問答無用でやっちゃいましょう』と言おうとしてたところだし。
「えーと、見ての通り。聖竜様は二人に対してお怒りだ。これは『聖竜の試し』の光だな。うん、久しぶりに見るな」
「そうね。ちょっと懐かしいわね」
手持ちぶさたになった俺が言うと横のサンドラが答え、リーラが無言で頷いた。
「…………」
「…………」
しばらくすると光はおさまり。茫然自失としたサンドラの義母と義兄がその場にあった。
「その様子からして、何をされたかわかっているようだな?」
「……………」
俺の問いかけに無言のまま、二人は静かに頷いた。顔色も悪く少し震えている。いきなり聖竜様の存在に触れたわけだから、恐怖も覚えるだろう。
『それで、どうだったんですか?』
『しょーもない二人じゃ。魔法伯の近くで息子が出世したら、聖竜領にどうにか手出ししようとか考えておるぞい。まあ、やられた兄妹のことを根に持っているようじゃな。気長な計画じゃ。あーあとあれじゃ、サンドラへの対応はどうもやりすぎたようじゃな。殺意はなかったようじゃ。ただ、見た感じサンドラへの嫌がらせを続けておれば、そんなもん言い訳にしかならなかったじゃろう……』
『つまり、反省していないわけですね?』
『うむ。旗色が悪いくらいの判断じゃな』
『時に聖竜様、『聖竜の試し』を行った後、その人物の善悪を判断し、扱いを決めることができるのですが。明日には帰って貰って、出入り禁止で良いですね?』
『うむ。聖竜領のこやつらが入ることはまかりならん。例えイグリア帝国皇帝が許してもワシが許さぬ』
『承知しました』
聖竜様の裁定が下った。これは覆しようがない。
「エケリア・エヴェリーナとラッツ・エヴェリーナよ。聖竜様はお前達の心を見た。将来、聖竜領に不利益をもたらそうと考えていることは見抜かせて貰った。聖竜様は聖竜領からの退去と二度とこの地を踏まぬことをお望みだ」
「…………ヒィッ」
俺が目を黄金色に光らせながら言うと、ラッツは顔を青くして短く悲鳴を上げた。
俺は反応の無い母親のエケリアの方を見る。
「……む、失神しているな。聖竜様に心を見られたのがよほど応えたのか?」
サンドラの義母は、いつの間にか椅子に座ったまま意識を失っていた。
「サンドラ、後ほど詳しく話すが、今の決定に異論はあるか?」
「無いわ。今すぐは危険だし、一緒に来た馬と人が可哀想だから、明日には出てもらいましょう」
特に迷うこともなく、サンドラは即答した。
もしかしたら、この結末を予測していたのかもしれない。
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