第123話「聖竜様も喜んで力を貸してくれるだろう。」

 サンドラの悩みはともかくとして、聖竜領の日々は続く。

 下水路建設の工事は順調に進み、水車小屋は大分形になった。手が空く者が出てきたこともあり、宿屋兼酒場の増築の話が進み、パン焼き釜の建築も開始された。


 また、マノンが聖竜領に来るなりクアリアと行き来していた甲斐あって、二名ほどの新人が宿屋にやってくることになり、準備でき次第、トゥルーズが指導に入るそうだ。今後は宿屋で焼かれたパンが聖竜領に供給されるだろう。


 そんな風にじっくりと変化する中、更に新たな動きが起きた。


「じゃあ、行ってくるです。とりあえずはクアリアの向こうで商売してきて、また仕入れに戻る予定ですので、早ければ一月で戻るです」


「無理のないようにね。荷馬と荷車は行商用ということにしておくから」


「はいです。大切にしますです」


 領主の屋敷前、荷物を沢山積んだ荷車を前に、旅立つドーレスを俺達は見送ろうとしていた。宿屋兼酒場に人員が来るので、彼女は行商の仕事に戻ることになった。

 今後は定期的に聖竜領に帰ってきては旅立つのを繰り返す。情報収集と聖竜領の特産品の販売で活躍することだろう。


 気持ち良く晴れ渡った早朝の空気は爽やかで、旅立ちには良い日だ。


「ところで、アルマス様。眷属印の品は皇帝陛下に献上されたですよね?」


「ああ、少しだが帝都に持って帰ったぞ」


 魔法草も含めて、クレスト皇帝にいくらかハーブなどを渡した。効果を確認できたら定期的に買ってくれるだろう。


「皇帝御用達になると宣伝になりますから。聖竜領の特産品の売り上げに物凄く影響しますです。頑張りましょう」


「わ、わかった」


 本気の目で言われた。彼女の商売のためにも、献上品として定着するように畑仕事に精を出すとしよう。


「何かあったら手紙を送りますです。それと、先日ロジェ様達と狩った氷結山脈の魔物素材、保管お願いしますです」


「わかった。無理をしないようにな」


「危険なことがないように、気を付けてね」


 俺とサンドラに言葉をかけられると、ドーレスは荷車に乗り込んだ。


「では、行きますです。お元気で-」


 久しぶりに行商に向かえるのが嬉しいのだろう、実に楽しそうな笑顔を残して、ドーレスは聖竜領から旅立っていった。


○○○


「アルマス。あなたにわたしのお父様のことを話しておくべきだと思ったの」


 ドーレスを送り出した午後、昼食後に執務室に呼びされたと思うと、サンドラがそんなことを言い出した。

 室内にはマノンとメイド、それと今日の護衛であるリーラがいるが、三人とも静かに仕事を続けている。この話をすると決めて呼ばれたようだ。


「そういえば、エヴェリーナ家は伯爵家ということ以外、詳しくは知らないな」


 打ち合わせ用のテーブル上に置かれた紅茶を一口飲んで言うと、サンドラは頷いた。


「ええ、うち……もう家から出てしまったから違うわね。エヴェリーナ家は伯爵家といっても、領地を持っているわけではないの。魔法伯という特殊な地位でね。イグリア帝国内の魔法に関する取り決めを行う役職にあるの」


「……漠然としていて掴みにくいんだが、凄い権力者じゃないのか?」


 なんだか凄い話になってきたぞ。俺の驚きが伝わったのか、サンドラが苦笑しつつ話を続ける。


「それだけ聞くと凄そうだけれどね、魔法伯は国内で三人いるの。人間、エルフ、ドワーフから代表者を出して、話し合いながら魔法学院だとか、魔剣の製造だとか、魔法の細かい取り決めや、魔法士の管理などについて決めていくのよ」


「つまり、エヴェリーナ家は人間の魔法士代表のようなものなのか?」


 十分凄い話だ。


「そう見えることはあるわね。実際はもっと組織立ってるからだけれどね。それに、代々魔法伯を継承しているわけではなくて、魔法に詳しい家系が担当することになっている役職なの。エヴェリーナ家の場合は、ご先祖様が優秀だった関係ね。お父様も魔法士ではないけれど、知識はあるから」


 なるほど。世襲でもないし、魔法士である必要もない特殊な役職というわけか。


「なんとなくだが、サンドラの父親が凄い権力者だと把握しておこう。忙しそうだな」


「そうね。知識だけじゃなく調整力も必要だから忙しいわ。だから、わたしもあまり会ったことはないの。ろくに遊んで貰った記憶も……」


 そこまで言って言葉を止め、サンドラは軽く咳払いをして、癖毛に触れつつ言う。


「今大事なのはね。これから来る義母と義兄にとってはお父様の魔法伯という地位がとても重要だということなの。将来継げなくても、エヴェリーナの家系でそれなりに優秀なら、良い役職に就くことはできるだろうから」


 どうやら父に対する複雑な胸中は置いて、本題を話すことにしたようだ。


「つまり、自分達が魔法伯の利権にぶらさがれるようにするために、サンドラに会いに来るということか?」


 俺の問いかけにサンドラは頷く。


「多分だけれどね。帝都から見ると、わたしがクロード様なんかと仲良くなって力をためてるように見えるはず。保身のために来るんでしょうね。話し合いになればアルマスにも同席してもらうから、前提として知っておいて欲しかったの」


 確かにいきなり魔法伯がどうの切り出されても「それはなんだ?」と言うことしかできない。情報をとしてはかなり有り難い。


「しかし、サンドラは家を出たからもう関係ないんじゃないか?」


「向こうはそう見てくれないでしょうね。もしかしたら義母はお父様が将来、わたしを呼び戻す心配でもしているのかも」


 心外だ、とばかりに頬を膨らませて言うサンドラ。彼女の胸中はともかく、話の中心になるのはその辺りと見ておけば良さそうだな。


「事情はわかった。俺の方は様子を見て対応するよ。場合によっては『聖竜の試し』をお願いしよう」


 サンドラを陥れるような連中だ、加減する必要などない。聖竜様も喜んで力を貸してくれるだろう。


「頼りにしているわ。余計なことはさせないで、さっさと帰ってもらいましょう」


 力強い笑顔も伴って、サンドラからそんな返事が返ってきた。

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