第122話「あれはどういう心理なのだろう。」

「皆、結構疲れたみたいだな」 


 ダニー・ダンの経営する宿屋兼酒場の中、周囲を見回しながら俺は呟いた。

 時刻は昼過ぎ、遅めの昼食のために俺はここに訪れていた。

 最近は建築工事もあり、昼時は混むので時間をずらしてみたのだが、意外なほどに店内は混んでいた。モイラ夫人とメイドが忙しそうに働いている。


 そして、周囲には食事をしている聖竜領の面々。その誰もが顔に疲労の色が浮かんでいる。 原因は昨日帰ったクレスト皇帝だ。来る前から帰るまで気の抜けない日々を過ごした影響か、一気に疲労が出たらしい。


 ちなみに皇帝はハリアの荷物箱に入って帰って行った。ついでにロジェも連れて行かれた、なんでも北のドワーフ王国との交渉を手伝わせるらしい。

 俺も安全のため同行したが、空を飛ぶのが嫌らしく、ロジェが狼狽えていたのがちょっと気の毒だった。


「……この聖竜領で、元気なのは酒場の人くらい。陛下がちょっと中を見ただけだったから」


 俺の前でぎこちない動作で昼食のスープを飲みながら、トゥルーズが言った。

 この酒場はあまり特色がないのもあって、皇帝には興味を持たれず視察は一瞬で終わった。おかげで酒場の面々は比較的元気だ。特産品の紹介に同席されたダニー・ダンだけは疲れた顔をしているが。


「しかし、トゥルーズがここで昼食とは驚いたな。いつもは屋敷なのに」


「……たまに味の確認のために来るよ。あと、陛下相手の料理に頑張りすぎて疲れたから、今日は休みを貰った。もう帰って寝る」


 皇帝がいる間、食事の準備に頑張りすぎたらしい。トゥルーズにしては珍しいくらい表情に疲労が濃い。


「無事に皇帝をもてなせたんだ。ゆっくり休むといいさ」


「……でも、満足も驚きもさせられなかった。料理については『悪くはないわね』っていう、微妙な評価をされただけ」


 俺も食事には何度か同席したが、皇帝はそう言いつつもきっちり食べていた。それで良いと思うのだが、トゥルーズ的に許せないらしい。相当気合いを入れていたのだろう。


「……次こそは、皇帝陛下を満足させる料理を用意してみせる。明日から頑張る」


 目の奥を輝かせ、力強い決意を漲らせるトゥルーズ。反面、動きは全体的にキレがない。早く帰ってゆっくりするべきだろう。


「後で何か差し入れに行くよ。とりあえずは休息だな……」


 パンを口放り込みながら言うと、隣のテーブルからサンドラの声が聞こえてきた。


「今さら……。今さらなのよマノン。それも皇帝陛下を使って……。まず断れない状況を作るところ、どう思う?」


 サンドラとマノンとマイアの三人は、俺と同じく昼食の時間をずらしてやってきた。テーブル上には女性三人にしては多めの料理が並ぶ。

 ソーセージに力強くフォークを刺して、サンドラは困り顔をしているマノンに続ける。


「一年以上あったのだから、手紙を寄越すとか、使いを寄越すとか、自分から来るとかあると思うの。どう思う、マノン?」


 二度に渡って問いかけられたマノンは少し考えてから返答した。


「そうね。なんというか……親子よね。まず、色々手を打ってからというあたりが」


「…………くっ」


 自分でも思うところがあったらしいサンドラが、一言呻くと黙々と食事に手を出す。

 皇帝から父親の事を伝えられてから、サンドラはずっとこんな感じだ。怒っているような、いないような雰囲気で、周囲にたまに愚痴をこぼす。あと、ストレスからか食事の量が増えた。


 あれはどういう心理なのだろう。リーラに聞けばわかるだろうが、今日の護衛のマイアだ。サンドラの隣で「沢山食べるのは良いことです」と言いながら自分が一番沢山食べている。


「アルマス、わたしに何か言いたいことでも?」


 俺の視線に気づいたらしく、サンドラが半眼で睨みつつ言ってきた。


「いや……複雑そうな心境だなと思ってな」


「自分でもわかっているの。変な怒り方をしてるって、でも納得いかないの。突然、『ちゃんと娘を心配してます』なんて言われても」


 確かにそうだろう。以前聞いた身の上話ではサンドラの父は本当に存在感がなかった。


「アルマス、どうしたらいいと思う?」


 難しい質問だった。俺はアイノを見捨てた両親と絶縁している。実の両親との付き合い方なんてとうの昔に忘れた。よし、ここは一般的と思われる話で乗り切るか。


「とりあえずは話をして、和解できそうだと思ったら受け入れるべきだろう」


「みんなと同じこというのね。アルマス特有の変わった考え方が聞けると思ったのに」


 俺特有ってなんだ。一般常識からずれているみたいで心外だぞ。


「聞いた限りでは、そうとしか言えない。どうしたって、そのうち来るだろうから、もう少し気楽に構えたらどうだ?」


「それは理屈としてわかっているのだけれどね……」


 苦笑しながら、フォークを置くサンドラ。父親に対して思うところも、言いたいこともあるのだろう。それを理屈で押し込めるのは難しい。その辺りはまだ歳相応の少女らしいと言える。


「そのうち来るといえば、義母と義兄はどうするんだ? もう向かって来ているはずだろう?」


 父親の話ばかりで全然話題に上がらないが、サンドラが家を出ていく状況を作った張本人がまもなくこちらに来るはずだ。

 

「皇帝陛下のおかげで多少は無茶ができそうだし、大丈夫よ。上手に追い返してみせるわ」


 どうでもいい、とばかりにサンドラが言った。心底憎んでもいいくらいの相手のはずだが、既に小物扱いだ。


「なにを言うかわからないけれど、なにもさせないわ。わたしにも、聖竜領のみんなにも」


 積み上げたもののおかげか、サンドラは自信をもってそう言い切った。今の彼女ならそのとおりにできそうだ。


「それよりもお父様よ……。ああ、どうすれば。マノン、仕事の後に相談を……」


「いいけれど、今日は他の人も呼びましょう。アリアさんとか。あと、結論でないだろうから早めに寝ましょうね」


 すぐさま思い悩み始めたサンドラに、困り顔のマノンが優しくそう言った。

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