第121話「はっきりとした口調でサンドラがそう答えると、皇帝がにっこり笑った。」
皇帝の視察は順調だった。聖竜領は広いが見る場所がそれほど多くないというのもあって、一日で大体終わったということもある。日頃忙しい皇帝の休憩も兼ねて、三日目は余裕を持った日程をということになった。
「これが聖竜様の像だ。お供え物をすると光って受け取ってくれる」
「なんだか凄い物が村の広場に普通に置かれているのね……」
というわけで、近場で珍しいものをという話になり、広場にある聖竜様の像の前にやってきた。勿論、お供え用の菓子をトゥルーズに持たされている。
「それでは陛下。こちらをどうぞ」
「置くだけでいいのね? なんかお祈りとかもしたほうがいい?」
「基本、置くだけでいいぞ」
戸惑う皇帝に菓子が渡され、聖竜様の像に供えられた。
『ぐふふ、皇帝が来てからトゥルーズが作った菓子。きっと気合いが入っていることじゃろう。ありがたく頂く』
そんな聖竜様の声が俺の脳裏に響くと、像が輝き菓子が消えた。
「……ほんとに消えたわ。これ、聖竜が本当に食べてるの?」
「間違いない。聖竜様から感想とかリクエストも来るぞ」
『うおー、めっちゃ美味いのじゃ』
「あ、瞳が金色。本当に今話してるのね」
「ああ、とてもお喜びだ」
一応納得したらしい皇帝は、しげしげと石像を観察する。
「凄いわねー。流石は世界を創りし六大竜の一つだわ。賢者アルマスは会ったことあるのよね?」
「俺が眷属になった時は、聖竜の森の奥からおわす所に行けたからな。今はうかつに人が入らないように閉じられている」
「そっか。会えないのね。偉大な存在だから、ちょっと会ってみたかったんだけれど」
『なんじゃったら夢見に立つことはできるぞい? 何度も使えない手段じゃけどな。あと、トゥルーズに美味かったと伝えておいておくれ』
明らかに食べながらといった感じで声が聞こえてきた。実に気軽だ。
「聖竜様が夢見に立つことならできると仰っている。多用できる手段ではないが……」
そう言うと、皇帝は眉を下げて少し難しい顔になった。
「むー……。惜しいけどやめておくわ。多用できないってことなら、大切な時にとっておきたい。今は会ってもお礼言うくらいしかできないからね」
意外にも断りの返事が返ってきた。喜んで依頼するかと思ったのだが。
「良いのか? 忙しいからそう何度もある機会ではないだろう?」
「いいのよ。どうせなら皇帝引退して自由になってから会って色々話したいし。余はこう見えて、寿命結構長いのよね」
クレスト皇帝は色々な種族が混ざっているそうだが、何年くらい生きるのだろうか。エルフとドワーフが混ざってるそうだし、三百年くらいはいけそうだが。
「今は若き領主を受け入れ、多大なる協力をしてくれたことを感謝するわ。イグリア帝国皇帝として、偉大なる聖竜とその眷属。私の治世の間は貴方達を失望させないように、ここに約束する」
皇帝が俺と石像を見た後、厳かな口調で言ってきた。長年の経験の賜物か。小柄な見た目から想像もつかない威厳が感じられる態度。そして、その眼差しは真摯かつ穏やかだ。
「…………」
「いや、なにか反応してよ。皇帝としてちゃんとしたんだから」
「いきなり真面目な話をされたからな。つまり、『仲良くしよう』ということだな?」
「そういうこと。余もそれなりに人生経験積んでるから、無駄な争いはしたくないの」
『うむ。そういうことならワシも賛成じゃな。このまままったり過ごせるといいのう』
「聖竜様も同じ意見のようだ。これからも宜しく頼む、クレスト皇帝」
「良かった。よろしくね。というわけでサンドラ、程よく頑張ってね。今更ここは他の人に治められないもの。クロードにもそう言われてるしね」
「はい。精一杯、務めさせて頂きます」
笑顔と共に言われたサンドラは、緊張しつつも返事を返す。そして一瞬、俺の方を見て笑みを浮かべた。どうやら、皇帝が来る前にしていた心配は無用のものになったようだ。
「さーて。後はどうしようかな。今日はのんびりできそうだし、休憩でも……んむ?」
話は終わりとばかりに皇帝が伸びをした時、何かに気づいた。
ほぼ同時に俺も空から接近する魔力を感知。
西の空を見ると大きな鳥がこちらに飛来しようとしていた。
あれは鳥を模した皇帝専用の連絡用の魔法具だ。こういう遠出している際に、国内各所を経由して皇帝のところまで飛んでくるようになっている。
俺がクロードとやりとりしているものよりも大型で多くの書類が入り、この三日ほどで既に二回飛来している。
「なんだろ? おー、こっちこっち」
皇帝が服の中から小型の魔法具を取り出して空に向けると、鳥は目の前まで飛んできた。
「急ぎの仕事かな。困ったなー。お、手紙がある」
いいながら目の前に着地した鳥から書類を取り出す皇帝。
運ばれてきたのはいくつかの書類と手紙だった。
皇帝は手紙の封を破り素速く目を通す。
「…………なるほどね。サンドラ、賢者アルマス。屋敷に戻りましょう」
突然声をかけられて困惑する俺達を見て、皇帝は言葉を続けた。
「サンドラにとって大切な話があるの」
○○○
皇帝に真面目な顔をして言われては対応しないわけにはいかない。
俺達はすぐに屋敷に戻り、皇帝用に用意された一室に集まった。
室内にいるのはクレスト皇帝、ロジェ、俺とサンドラとリーラだ。「なるべく少人数で」と言われてこの構成になった。
室内に置かれたテーブルを囲み、リーラがお茶を準備するなり、皇帝が口を開いた。
「単刀直入に言うわ。サンドラ、貴方の義母と義兄がこちらに向かったわ」
「それは…………」
サンドラはあからさまに動揺していた。不安だとか怖れではなく、混乱だ。
「その、なぜその情報が陛下から?」
「これ、貴方のお父様からの手紙。『妻と長男が向かったことを伝えてくれ』って」
「お父様が、何故そんなことを……」
「親だからでしょう? きっと急いで仕事の書類を作ってそれに混ぜたのね。間に挟まってたわ」
「サンドラの父は、状況を把握していたのか?」
サンドラ達が聖竜領に来ることになった経緯について、父親は殆ど関わっていなかったはずだ。しかし、今の皇帝の話を聞くとある程度は状況を把握しているように感じられる。
「仕方ない。余自ら説明しときますか。サンドラ、貴方の父が事情を知ったのは聖竜領の領主になった後よ。聖竜領の噂が流れてきて、慌てて調べてたわ」
「それは、サンドラ達がここに来てそれなりに時間がたった後だな?」
「そうそう。あの時の慌てようったら凄かったのよ。帝都にいるはずの娘が領主になってるし、調べたら自分の家が大変なことになってるしでね」
「今のお父様は、わたしの状況を知っているのですね」
「ええ。それはもう落ち込んでたわよ。仕事に夢中になってる間に、家庭がボロボロ、娘は帝都にいない。会わせる顔もないとか言って、最低限の手助けをして見守るだけに留めてたわ」
「手助け?」
「エクセリオ家再興の手続きとか、魔法草の研究所の件とか色々ね。クロードが話をするなりすぐ動いてたわよ」
驚きだ。サンドラ達が頑張っている裏で父親が手を回していたとは。これは認識を改めるべきか。
「お父様、そんなことを……。それも隠れてやるなんて……」
「不器用な似た者な親子よねー。父は娘に顔向けできないからって会いにいかないし、娘も父親に助けを求めなかった。余は何度か『直接謝りにいけば?』って言ったのよ」
皇帝から言わせればサンドラ父子は似た者同士ということか。
サンドラは俯いて目を伏せているが平気だろうか。
「さて、わざわざ余が説明しているのには理由があってね。ちょーっと責任感じてるのよ。貴方のお父さん、忙しくさせすぎちゃったからね。だから、お願いしていい? 勿論、嫌なら断ってもいい」
その言葉に顔を上げたサンドラを見て、皇帝が言う。
「そのうち貴方の父親が来るだろうから、ちゃんと話してあげて」
「……わかりました。ちゃんと話をします。そうすべきだと思いますので」
はっきりとした口調でサンドラがそう答えると、皇帝がにっこり笑った。
「良かった。断られたらどうしようかと思った。さて、じゃあ残るはこれから来る義母と義兄ね。余も明日には帰らないとだから会えないし……。うん、ちょっとムカつくからサンドラに武器をあげましょう」
「武器ですか?」
「ええ、話の流れによってだけれど、余の名前を出すことを許可するわ。追い払う口実に使いなさい」
どうやら、これから来るサンドラの義母達はとんでもない場所に飛び込んで来ることになるようだ。
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